熊本市現代美術館内の旧カフェスペースに2022年に誕生したアートラボマーケットでは、現在「帰ってきた! 石垣プロジェクト」が開催中である(2024年8月19日まで)。これは、現館長の日比野克彦が2007年に、当時はアーティストとして当館で開催した個展「HIGO BY HIBINO」のなかで行なわれていた主要な市民参加型のプロジェクトのひとつで、今回17年ぶりに復活したものである。


「帰ってきた! 石垣プロジェクト」チラシ


2007年から引き継がれるもの

「石垣」といっても、熊本城のように実際の石を切り出して積み上げるのではもちろんなく、廃棄された段ボールが材料である。つくり方は至ってシンプルだ。まずは、偶然の出会いを楽しむような、自由な気持ちで多角形をひとつ切り出してみることから石垣づくりは始まる。次に、そのうちの一片と同じ長さをもつ形を切り出し、辺同士をテープでつなげていく。その工程を何回か繰り返していくと、早い人で30~40分ほどで、段ボールの「石」が出来上がる。

「帰ってきた! 石垣プロジェクト」制作中の風景

石がきちんと形になっているかチェックする「検品」をクリアすると、次は「石」の表面にカラーチップを貼る。そして、「石」同士をつなぎ合わせて、熊本城の武者返しを目標に積み上げていくのが「石垣プロジェクト」である。設計図はなく、そこに集う人たちがアイデアを出したり、試行錯誤を続けていく過程のなかで、石垣が築かれていくのがこのプロジェクトの肝である。

夏休み中ということもあり、ふらっとアートラボマーケットにやってきた大人や子ども、観光客などが、思い思いに石づくりに励んでいる。会場となるアートラボマーケットには、美術館スタッフだけでなく、前回のプロジェクトで活躍したボランティアの「ベテラン石工」が集まってきて運営を手伝い、商店街の人たちの間でも「あれまたやるの?」と話題になっている。

筆者は前回のプロジェクトを担当していたが、当時は、熊本市現代美術館として、初めて本格的に取り組んだ、地域連携型のアートプロジェクトであった。すべてが暗中模索だったが、ボランティアや商店街の皆さんの力が結集したことで、展覧会最終日、閉館の数時間前に石垣が完成した。誰もできると思わなかったものを完成させたそのインパクトは強烈で、人々の記憶に強く残ったプロジェクトになったと言える。

2007年の「日比野克彦 HIGO BY HIBINO」展最終日に完成した石垣の様子


「アートラボマーケット」が生む、多様で自然な集まり方

今回の「帰ってきた! 石垣プロジェクト」は、当時、展覧会最終日の石垣の完成を参加者のひとりとして目撃していた、アートラボマーケット担当の学芸員による企画である。設計図がないのは前回と同じであるが、石垣制作の過程のなかに、中学生・高校生や、就労移行支援施設に通う方たち、外国語指導助手など、多様なバックグラウンドをもつ人たちが、自然に関われるような仕組みや場所づくりが進められている。

「さまざまな人たちが自然に集い、関われるような仕組みや場所づくり」は、今回、石垣プロジェクトが展開されているアートラボマーケットが目指すビジョンのひとつでもある。

そもそも、このアートラボマーケットの開設は、日比野館長が2021年に就任後、真っ先に提案した事業であった。コロナ禍や、美術館から離れた駅前に大規模商業施設が開業したことで起こった人流の変化などの影響でミュージアムショップ隣のカフェが閉鎖して以来、長らく活用できていなかった空間を、創作やコミュニケーション、ショッピングを楽しむスペースとしてリニューアルする構想を打ち出した。とはいえ、多分に漏れず予算はなく、それではとのことで日比野館長の発案でクラウドファンディングに挑戦することになった。公立美術館が行なうクラウドファンとしては比較的早い時期の挑戦であったため、参考にできる事例なども限られるなかで、暗中模索しながらスタッフ一同資金集めに奔走した。そのかいあって、目標額を上回る1000万円以上の寄付を得て、建築家の西澤徹夫氏のアドバイスなどを受けながら改修を行ない、晴れてアートラボマーケットとして2022年10月にオープンすることができた。

オープン後、半年は試行錯誤しながらの運営であったが、2023年度は、美術館やショップスタッフらの連携の成果が実り、イベント数、参加者数ともに1.5~1.8倍に増加した。とりわけ2024年に入ってからは、熊本市の第8次総合計画とリンクした「感じてつくるワークショップ」や、作曲家・野村誠による「ミュシャミュシャモシャモシャワークショップ」、プロダクトデザイナーitiiti(イチイチ)による「紙でとことん遊ぼう!」「分解と集積」など、オリジナル企画が立て続けに実施され、新たな人と人とのつながりを生み出している。

「itiitiとみんなでつくる『分解と集積』」(2024年6月8~30日開催)の様子


「市民とともにある美術館」とは何か

2007年に開催した石垣プロジェクトに関して、筆者がかつて執筆したを改めて読むと、指定管理者制度の導入のなかで、美術館の重い扉を開けて町の中に出て行こうとする活動の様子が懐かしく思い返される。2022年のICOM(国際博物館会議)による「新しい博物館定義」を見ると、包摂性や多様性、コミュニティとの関わりなどについて、当館がいち早く取り組んできたこととも重なる内容が示されている。一方でコロナによるコミュニケーションのあり方の変容や、地域経済の変化、人件費や物価高騰などが、以前よりもダイレクトに美術館活動に響いてきているのも確かである。このアートラボマーケットは、美術館が従来行なってきた収集、保存、展示などの活動と決して相反するものではなく、「現代において市民とともにある美術館とは何か」ということを考え、ボリュームやバランスを見極めながら運営していくスペースであると考えている。

年度後半もさまざまなプロジェクトが計画されるアートラボマーケットに、ぜひ足を運んでほしい。


帰ってきた! 石垣プロジェクト
会期:2024年7月12日(金)~8月19日(月)
会場:熊本市現代美術館内「アートラボマーケット」(熊本県熊本市中央区上通町2-3)
公式サイト:https://www.camk.jp/alm-event/12778/


関連記事

日比野克彦 HIGO BY HIBINO 明後日朝顔プロジェクト2007ブログ/くまもと「まち×ひと」チャンネル「HIBINO CHANNNEL」|坂本顕子:キュレーターズノート(2008年02月01日号)