6月から始まった新しいコーナー「遊歩録」の第4回目は、ミュージアムグッズ愛好家の大澤夏美さんです。
全国各地の美術館・博物館を渡り歩き、そこで出会うミュージアムグッズたちへの感動を広く伝えている大澤さん。博物館経営論の視点からもミュージアムグッズを捉え直す彼女が、日々新たな商品や話題が生まれるミュージアムグッズの現場の周辺でどのような思考や問いを携えて日々活動しているのか、これから定期的に綴っていただきます。初回はミュージアムグッズ愛好家としての活動初期から出店を続けている、あるイベントについて。(artscape編集部)
「博物ふぇすてぃばる!」の熱量
2024年7月20、21日に東京の科学技術館で開催された「博物ふぇすてぃばる!」というイベントに今年も出展してきた。このイベントは、自然科学や化学、物理学、生物学、歴史学、考古学など、あらゆる学術分野をテーマにした物作りにいそしむ作り手や研究をする人の展示、販売、発表が行なわれているイベントである。研究のアウトリーチにもつながるため、大学の研究室や実際の博物館のミュージアムショップが出張販売を行なっているブースもある。マニアックなイベントではあるが、自然や学問の面白さに魅了された人が一堂に集うイベントであるため、どんなにマニアックな物を作っても面白がってもらえる……と、安心と信頼を携えて望めるのだ。
筆者はこのイベントに5年前から出展している。最初は客としての参加であったが、あまりの熱量に感動し「私の自費出版誌もここなら受け止めてもらえるはず!」と勢い勇んで翌年出展申し込みをした。その予想は当たり、「こんな本が欲しかったんです!」「とにかくバックナンバー全部ください!」と多くのお客様にお買い求めいただいた。最近では多くのミュージアム関係者もこのイベントに訪れているようだ。
接客中の作者。お客様との会話も楽しみのひとつ
泥臭く物を作って売っていく
イベント当日、いろいろな方に「商業出版をしたり、さまざまなメディアに出られているのに、自費出版誌を作ってこういうイベントにも出続けてるんですね」と言われた。好きな作家さんたちが商業出版の舞台での活動も同人活動もやる人ばかりだったので特に疑いもしなかったが、改めて自分にとってこのようなイベントに出展することのメリットを記していきたい。
まずは何より、お客様の反応を直接見ることができるという点が重要だ。私の本はミュージアム関係者に多く読まれるが、このようなイベントでミュージアムのファンにリーチすることができる。普段ミュージアムの外側にいる人が、何に興味をもち、どのような反応を示すかを体感する貴重な機会であるのだ。
例えば、私の隣は博物館をテーマに漫画を描く鷹取ゆうさんのブースであった。収蔵庫の資料整理をテーマにした作品が有名だが、私が気になったのは学芸員さんや鷹取さん自身が実際に体験した「怖い話」を集めた漫画だ(詳細は後述)。十分に怖い話ではあるが、残酷な描写はなく淡々としたタッチで過剰な演出がないので、ホラーが苦手な私でも「面白い!」と素直に楽しめる。この作品、実は鷹取さんのブースでかなりの数の小学生たちが手に取っており、実際に購入している姿も見かけたのだ。確かに、教室の後ろの本棚にこの作品があれば絶対に人気になる。休み時間に子どもたちがキャーキャー言いながらページをめくる姿が想像できる。作品の詳細は後述するが、なかなか普段は接することができない客層の反応を見られるのが醍醐味のひとつだ。
鷹取さんとは同じトークイベントに出演するため、お客様に直接宣伝することができた
また、ミュージアムグッズ愛好家として多くのミュージアムの情報を集めている身としては、グッズ情報を寄せてもらえる口コミの場でもある。お客様の「あそこのミュージアムのグッズが好きなんですよ」との声を聞いて、私が実際に行ってみたことも多々ある。さらに私は普段札幌に住んでいるので、特に首都圏の企画展のグッズは手に取ることができないものも多い。それを身に着けてきてくれる方や、見せに来てくれる方がいると本当にありがたい。
今回出会った皆さんからは、ミュージアムグッズでぬいぐるみが増えたという話題を多く聞いた。「ぬいぐるみに目がないのでマニアックなモチーフが嬉しい」「資料のデフォルメの具合が難しそう」「自宅で飼っている猫がミュージアムグッズのクッションを気に入っている」など、感想から使い方まで聞くことができた。
また、作家同士の出会いにつながるというのも、このイベントの特筆すべき点だ。私の自費出版誌『ミュージアムグッズパスポート』に「あの作家さんに会いたい」というコーナーがあり、ミュージアムショップでのお取り扱いをおススメしたい作家を紹介している。
実際、第4号で登場してもらったジオガシ旅行団はこのイベントで実物を購入し、その魅力に惹かれ掲載をお願いした。「ジオ菓子」とは、柱状節理や斜交層理など、伊豆半島で主に見られる大地の姿や景色をお菓子にしたもの。地学への興味を誘い、伊豆半島へ足を運びたくなるお菓子になっており、味もとても美味しい。私のブースで接客をする際「今日もジオガシ旅行団さん、あちらでブース出しておられましたよ!」とお声がけすることもあり、本で興味をもってもらったお客様に実物を見てもらえる良い機会なのだ。
『ミュージアムグッズパスポート』第4号でジオガシ旅行団を紹介した
イベント当日に購入したグッズなど
最新号の表紙もこれまで同様、デザイナーの坂田亜沙美に依頼した。表紙は切り取って組み立てると、企画の内容に沿ったデザインのペーパークラフトになる
そもそも自費出版誌は私にとって、大事な実験の舞台である。商業出版として企画を作る前に、予算や時間、取り上げたい場所の規模感を把握するのに役に立つ。そして形になったあとは売上やイベントでの反応を見ている。「ちょっと奇抜すぎたかな……」と思うような企画やデザインも意外と受け入れられたりするし、もちろん逆もある。
私のミュージアムグッズ愛好家としての活動は、「自分の興味があることを他人にも面白がってもらう」というスタンスなので、企画やデザインの見せ方でどう魅力と説得力を際立たせるかが肝になってくるのだ。
それを踏まえ、イベント当日に購入したほかのブースのグッズを紹介していきたい。
鷹取ゆう『博物館の「怖い話」 学芸員さんたちの不思議すぎる日常』(二見書房)
民俗系博物館に勤務する先輩学芸員の御影と新人学芸員の椎名。この2人の視点から、実際にあった博物館の怖い話が描かれている。コラムとして学芸員の仕事の豆知識も収録されており、資料整理に適した服装や、資料の情報を書き込む収蔵票について紹介されている。
作者自身は現在もミュージアムでの資料整理に携わっており、怖い話をフックに、ミュージアムの裏側へと読者を導いているところが魅力的だ。ホラーではあるが演出として過剰に怖がらせない描き方をしている。でもちゃんと怖い!
そしてミュージアムに収められた資料がテーマであるので、例えいわくつきであってもあくまで大事な資料。呪われた側面があったにせよそれはそれ。ミュージアム×ホラーをテーマにした古今東西の作品のなかでも、「モノ」のいち側面としてのいわくを扱っているのだ。学術的な研究の対象として尊重し、資料としての「モノ」への学芸員の誠実な態度を描いている。
錆猫舎「1200年前の褒め言葉バッジ」
SNSでその存在を発見し、絶対に購入しようと決めていたのがこのバッジ。約1200年前の『日本後紀』に登場する悪口や褒め言葉を身につけることができるのだ。
日本後紀とは、平安時代初期の歴史書で六国史のひとつ。桓武天皇から淳和天皇までの約40年間にわたる朝廷内の政治や文化、人々の生活など、当時の日本社会の多様な側面が記録されている。貴族たちの間で争いが多かった時代背景があることから、バリエーション豊富な褒め言葉や悪口があったのかもしれないと想像できる。
古代日本の歴史を記した六国史。『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』の六つの歴史書があるが、よく聞く『日本書紀』以外は正直私にとってあまり馴染みがない。
歴史書のなかの褒め言葉や悪口を取り上げるという切り口もほかになく、現代にも通ずる辛辣な表現も目に留まる。古代日本の貴族同士の関係性や、文化の姿に興味をもつきっかけになること間違いなしだろう。
縄文ドキドキ会「遮光器土偶のレインボースマホステッカー」
縄文ドキドキ会のブースで購入したのは、この遮光器土偶のステッカー。学術的な正確性と親しみやすさのバランスが取れたイラストで、グッズ化におけるデフォルメの繊細さに真摯に取り組んでいる姿勢が伺える。
縄文ドキドキ会では、縄文時代の土偶や土器などの魅力をファンの目線で発信している。考古学的な視点だけでなく、縄文人や縄文文化そのものを愛する人たちが集まっており、SNSなどを通じて活発に情報交換や発信を行なっている(下記はイベント当日に紹介されていた遮光器土偶についての解説)。
遅くなりましたが、先週末の
— 縄文ドキドキ会🪢 (@jomondokicom) July 25, 2024
「博物ふぇすてぃばる!10」
たくさんの方にブースへお立ち寄りいただき、ありがとうございました!
自由研究の"ガクタメ"も好評で
「遮光器土偶ってひとつじゃなかったの!?」という方も結構いらっしゃいました。苦労して作った甲斐がありますね!#博物ふぇす pic.twitter.com/w7Rubhv41z
博物ふぇすてぃばる!では物販ブースへ出展する際、「ガクモンからエンタメ☆」という企画に参加する必要がある。自身のブースで取り扱う学術分野のトピックや自身の研究成果を、「エンターテイメント」として展示・解説形式で発表するのだ。
縄文ドキドキ会のブースは遮光器土偶について解説していた。私たちがまず思い浮かべがちな遮光器土偶は、青森県亀ヶ岡遺跡から出土したものではないだろうか。それ以外にも国内に多様な遮光器土偶が出土しており、今回購入したステッカーも宮城県の恵比須田遺跡から出土した遮光器土偶がモチーフである。
hyusaurs 古生物くんのポストカード
最後に、大阪市立自然史博物館のミュージアムショップを運営している認定特定非営利法人大阪自然史センターのブースで販売されていた、こちらのポストカードを紹介したい。
hyusaurs 古生物くん《ドードーからの最後の警告》
この絵は、大阪市立自然史博物館の骨格標本作成グループ、なにわホネホネ団に所属する小学生団員「hyusaurs 古生物くん」によって描かれたものである。
進化や生物を愛し、自身で絵を描きポストカードや缶バッジ、トートバッグなどのグッズを制作・販売している。自身が制作したグッズの売上は、「病気とたたかう子どもたちにも博物館のワクワクを伝えたい」との本人の意志のもと、なにわホネホネ団と国立成育医療研究センターに寄付しているとのことだ。
hyusaurs 古生物くん《アンモナイトをのぞいたら》
私自身、自費出版誌を作って自分で販売することが学びにつながっている。作家本人に話を聞くと、どうすれば学術的な内容を楽しんでもらえるのか、購入してもらえるのか、原価いくらで制作し、在庫はどれほど抱えられるのか、やはり悩んでいた。その悩みはすなわち、ミュージアムショップで働く現場のスタッフが抱えている悩みである。子どものうちから文化と経営の両輪で運営しているミュージアムショップを追体験することは、「普及」と「経営」を考える何よりの機会になるだろう。
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