私事であるが、今年4月に8年間勤めた高松市美術館から市役所内の文化芸術振興課へ異動し、現在はアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)など、美術館ではない場所で高松市が行なう文化事業に携わっている。この話をすると、「高松ってAIRやってるんですね」と返されることも多く、高松AIRの認知度が高くないことがよくわかったとともに、筆者自身も高松AIRの活動を、何となくしか知らなかったことを反省した。

特定の施設をもたないAIR

アーティストが地域に一定期間滞在して、制作やリサーチを行なうAIR。全国的にさまざまな形態のAIRが運営されているなか、高松AIRの大きな特徴としては、特定の滞在・制作・発表の施設がないことが挙げられる。このことについて、2016年に参加した黒田大スケは苦労もあったとしながら、報告書で「場所が無いということが、かえって他の場所をひらく契機になりえると思うし、体験した者としてはスリリングで面白い体験だった」★1と述べ、固定の施設がないことが活動の可能性を開きうることを示した。高松市には、地元住民や観光客など多くの人が行き交う商店街、イサム・ノグチなどの彫刻家がアトリエを構えたことでも知られる牟礼、自然豊かな塩江、さらに女木島、男木島などの島といった多種多様な地域が含まれ、高松AIRではそのあらゆる場所を対象に滞在・制作・発表をすることができる。

黒田大スケ「西を向いている 東にかたむいている」(高松AIR2016成果発表展)、高松市中央卸売市場 加工水産物棟での展示風景

黒田大スケ「西を向いている 東にかたむいている」(高松AIR2016成果発表展)、高松市中央卸売市場 加工水産物棟での展示風景

そして、活動期間も作家によって調整が可能で、今年度においては、9月初めから翌年2月末までの期間内に14日以上80日以内を高松で滞在すること、そして滞在中に1回以上の地域交流事業の実施と1点以上の作品制作、加えて成果発表の開催が条件となっている★2。地域交流事業は、トークやレクチャー、ワークショップ、地元の学校訪問など、どのような方法で実施するかもまた、作家に委ねられている★3

開始からの9年間で生まれたもの

高松AIRが始まったのは2015年のことで、来年には10周年を迎えるが、2019年以降は瀬戸内国際芸術祭の開催年は実施なしとなったほか、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて実施しなかった年があるため、回数としては今年が7回目だ。今年参加する3組を含め、これまでのべ20組の作家が参加している

表現ジャンルに制限はないが、振り返ると、演劇・舞台分野の作家が初期から多く、近年はファブリック作品を扱う作家が増えた印象だ。活動場所は、街中や島のほか、歴史的な雰囲気を残しつつ新しい店や住宅が増えている仏生山などの地域を選ぶ作家も多く、複数の地域でワークショップを開催する場合もある。

実施しない年があったとはいえ、9年間続くなかで変化した部分もある。昨年度まで高松AIRの趣旨に記載されていた空き家などの活用に関する文言が、今年度から記載されなくなったことも大きな変化だ。高松AIRは高松市が策定する「文化芸術振興計画」に基づいて実施されており、第2期高松市文化芸術振興計画(2020年4月策定)では、AIRについて「高松市内の活用されていない資源(例えば、空き家、廃校、商店街の空き店舗等)を活用し、国内外から招へいしたアーティストが一定期間滞在し、地域とのつながりの中で作品制作を行うことで、地域との協働が生まれ、地域に賑わいをもたらすとともに、アートの普及や若手アーティスト等の育成にもつなげます」★4と空き家などの活用が明記されていたが、アートで活用できるそのような空きスペースの減少を受け、第3期の計画(2024年4月策定)では「本市の歴史や文化、自然、産業など高松ならではの地域資源を活用し、(後略)」★5に変わり、高松AIRの趣旨からも「空き家」などの言葉が消えたのである。

三者三様のAIRと伴走しながら

今年度は2024年6月から約1カ月間募集を行ない、書類選考とオンラインでの面談を経て、8月末に岩本象一、西村涼、メランカオリの参加が決定した。本稿を執筆している9月時点では、西村の1回目の滞在が終了したところだ。岩本とメランはまだ構想段階であるため今後の内容変更もありうるが、現時点での彼らの活動予定を紹介する。

岩本は、約3年間のインドネシア留学中にジャワ伝統音楽であるガムランを学び、現在は岡山県でジャワガムラン教室を主催する音楽家だ。インドネシアの伝統音楽や文化の指導にあたりながら、音楽家として演奏活動やワークショップを開催している。昨年度からは高松市の福祉課が実施する高松市障がい者アートリンク事業に参加しており、牟礼に通うなかで庵治石に関心をもち、高松AIRの活動では庵治石のリサーチを予定している。

銅版画の技法を用いて、紙以外の媒体でも作品を制作する西村は、9月に行なった1回目の滞在で、香川用水をテーマにするという活動の軸が定まった。香川県は気候や地形的な原因から深刻な水不足に繰り返し悩まされてきた地域であり、問題解消のために徳島県を流れる吉野川から水を引いて設けられた香川用水が、香川の田畑を潤し、香川での生活に欠かせない存在となっている。このことに着目した西村は、2回目の滞在で、溜め池や川など複数箇所でワークショップを実施する予定だ。そして、参加者が制作した作品と自身の作品で構成する展示を、3回目の滞在で開催することを計画している。

西村涼がリサーチを行った新川(高松市)。ここにも香川用水の水が流れている

活動をある程度想像できる岩本と西村に対し、占いによる制作・発表活動を展開してきたメランは、今回もっとも予測できない作家だと感じている。現時点での構想では、高松という地名から着想を得て、松の盆栽や「待つ」ことが生じる場所をテーマにした活動を考えているが、実際に高松を歩き、生活するなかで、予想外の何かが起こるのではないかと期待が膨らむ。

美術館での仕事の経験と、1年生担当者としての目線

一定期間の滞在による作品制作や、特定の産業や文化のリサーチに基づく制作は、美術館での展示に際してもたびたび行なわれている。筆者が高松市美術館在籍時代に担当した展示では、AIRと近い活動として村上慧と中村裕太の活動を思い出した。

村上は2019年「高松コンテンポラリーアート・アニュアルvol.08 社会を解剖する」で展覧会開幕直前の1週間、美術館の玄関先に建てた広告看板のなかで生活して制作を行なった。このときは広告看板での滞在を実現するまでの美術館とのやりとりや、滞在中の生活、主にお金の巡りを可視化して展示することが目的だったが、展覧会では滞在中に制作したドローイングや映像作品なども展示された。

高松市美術館の玄関で展開された、村上慧《広告看板の家》(2019)[撮影:木奥恵三]

また、中村は2021年の「中村裕太|丸い柿、干した柿」で御厩焼きの工房や讃岐民芸館などを訪れ、高松の民芸や焼き物をリサーチした。この展示は「大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 堀尾幹雄コレクション 濱田庄司展」の関連展示として企画したもので、リサーチした内容をもとに讃岐民芸館の所蔵品と濱田作品、さらに高松市美術館所蔵のオノサトトシノブ作品をゆるやかに結びつけて展示を構成した。


「中村裕太|丸い柿、干した柿」(高松市美術館、2021)展示風景[撮影:表恒匡]

さらに、前回のキュレーターズノートで紹介した飯川雄大も、美術館に何度も通うことで新しい作品をつくり上げており、結果的に滞在制作を行なっていたと言えるだろう。

滞在中のサポートや、リサーチのための手配、活動に同行して次の展開をともに考えるなど、これらの美術館での経験は、高松AIRの仕事にも生かすことができそうだ。さらに、滞在中の作家の活動や作品を市民に広く知ってもらい、関わりをもちながら活動するという地域交流の視点も高松AIRと美術館での仕事に共通している。

一方で、美術館での仕事との類似を実感したからこそ、AIRが作家の「滞在そのもの」を重視していることを改めて意識することにもなった。作家に仕事を依頼するとき、依頼主としての美術館は立場上、作家の活動が目の前の展示に結びつくことを求めるが、他方でAIRは、作家がそこでの経験を通して思考や情報、人とのつながりなどを蓄える機会であることにも重きを置く。成果発表の場があるとはいえ、そこで完結させてはいけない。そのためにも、担当者としては美術館でやってきた活動とは異なる視点や視野が必要だと改めて感じている。

AIR担当になって半年ほど、作家の滞在はまだ始まったばかり。いまはまだAIRとは何なのか、高松AIRをどう捉え、どこを目指して取り組むべきなのか模索しながら進めている部分も多いが、これまでの歩みを振り返り、美術館での仕事との差異を認識することで、見通しやすくなってきた部分もあるように思う。


★1──高松市公式ホームページ「【高松アーティスト・イン・レジデンス2016 活動報告】黒田大祐『西を向いている 東にかたむいている』」
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/event/bunka_geijutsu/bunsin_AIR2016_03.html(2024年9月22日閲覧)
★2──活動内容に関する条件のほか、健康状態や年齢、コミュニケーションに関する条件などを満たす必要がある。
★3──ただし、教養講座や趣味活動などの成果発表となるようなものでないことが条件となる。
★4──「第2期高松市文化芸術振興計画」p.21
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kurashi/shinotorikumi/keikaku/sonota/geijutsu/dainikisakutei.files/2ki_shinkoukeikaku.pdf(2024年9月22日閲覧)
★5──「第3期高松市文化芸術振興計画」p.29
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kurashi/shinotorikumi/keikaku/sonota/geijutsu/3rdtermplan.files/keikaku.pdf(2024年9月22日閲覧)