東日本大震災、そしてパンデミックと、ここ10数年の間に、多くの人が移住を考える機会があったと思います。生活や仕事の場所(土地)を変えるという従来からの「移住」から、ネットを駆使しながら、どこでも仕事できる、土地に縛られない「移住」へと、「移住」の意味や選択肢が変化したのではないでしょうか。
アーティストは、自分のスタジオをつくったり、仲間とアーティスト・ラン・スペースをひらいたり、または展覧会やAIRなどでつねに移動したりと、もともと多様な「移住」の実践者です。
移住したことで時間の使い方が変わるのでは? アーティストはどこに行ってもマイペース? そんな疑問から、ここ数年の間に移住したアーティストの方々に、移住と1日の時間割について聞いてみました。[artscape編集部]

執筆者

阿部航太(デザイナー、文化人類学)
黒田大スケ(美術家)
佐々木友輔(映像作家)
大道寺梨乃(俳優)
高尾俊介(クリエイティブコーダー)
野村恵子(写真家)
蓮沼昌宏(美術家)
村上慧(美術家)

阿部航太|不自由な時間が教えてくれること

埼玉→ロンドン(2005)→東京(2009)→サンパウロ(2018)→東京(2019)→高知(2022)

とある1日の時間割

7:00 起床
8:00 保育園の送迎を経て市役所へ
8:30 地域おこし協力隊業務
12:00 昼食
13:00 地域おこし協力隊業務
17:30 保育園の送迎を経て帰宅
18:00 子どもを風呂に入れ、ご飯を食べさせ、絵本を読み聞かせ、寝かせる
21:00 夕食
22:00 個人の仕事
24:00 就寝


[筆者撮影]

移住したことを伝えるとしばしば「田舎は時間の流れがゆっくりでしょう」と言われるが、正直そういった実感はない。東京でひとり暮らしをしていた頃のほうがよっぽどゆっくりと時間は進んでいた。あの頃はまだ仕事も少なく、よく週の真ん中にふらりと映画館やスケートパークまで自転車を走らせた。いまは映画もスケートもかなり遠のいてしまい、かわりに地域おこし協力隊の活動と育児に一日のほとんどを費やしている。この二つは時間の融通が効かない点で共通している。融通が効かない分、ほかのことがどれだけ忙しくなろうとも、この二つの時間だけはそれぞれの業務のみを遂行する「聖域」であり続ける。だからこそ、協力隊では答えの見えない課題にたっぷりと時間をかけて挑むことができるし、育児では読み聞かせていた絵本に不意に感動して目に涙を溜めるといったことが起こる。不自由な時間が教えてくれることもたくさんある。

あべ・こうた
1986年生まれ。ロンドン芸術大学卒業後、廣村デザイン事務所を経て、2018年よりデザイン・文化人類学を指針に活動を開始。2018年から2019年にかけてブラジル・サンパウロにて、現地のストリートカルチャーに関するプロジェクトを実施。2021年に映画『街は誰のもの?』を発表。2022年より高知県土佐市を拠点に、海外からの技能実習生と地域住民との交流づくりを目指す「わくせいPROJECT」を展開している。
http://abekota.com

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黒田大スケ|漂流生活、それぞれの土地での過ごし方

京都→広島(2004)→テキサス(2019)→奈良(2020)→京都(2023)

2024年現在の時間割。展覧会前や制作で立て込んでいるときは中心寄り

タイムテーブルは中心に行くほど制作などで忙しい時で、外側に行くほどのんびり暇な時を示している。グルグル生活している

もうずいぶん前から住んだ所が家という感じで、長い間ホテルやレジデンスを転々とする生活を送っていた。ある時、飛行機の移動でスーツケースが壊れたことがあって、それがとても悲しく、私にとって本当の意味での家はこの小さいスーツケースだったと気がついたこともあった。とはいえ、そんな漂流生活を過ごしているなかでも、滅多に帰らない家、一応の拠点は広島にあった。それがコロナ禍以前の事で、テキサスと奈良に寄り道をしたのち、いまは京都に定着している。移住での変化といえば、広島に居た頃は自分のこと以外の芸術関係の仕事(スペース運営とか色々)をやることが多かったが、いまは、ひとり自分に向き合って芸術家らしくなった気がしている。それと広島に住んでいるときは毎日のように橋を渡り川を越えたが、京都ではそういうことは少ない。私は橋の上から魚を見るのが好きなので、その機会が少ないのは残念。(鴨川でも出来るけれど、家から少し遠い)しかし、京都の街の夕暮れの建物と空のコントラストは綺麗だし、散歩しやすいので好き。どこにも美しい風景がある。

くろだ・だいすけ
1982年、京都府生まれ。広島市立大学大学院博士後期課程修了。大学進学を機に広島に移住。2020年、新進芸術家海外研修制度で滞在していたテキサスから帰国するも、すぐにコロナ禍となり、そのまま関西に移住。現在は京都を拠点に活動。社会のなかに佇む幽霊のような忘れられた存在に注目し作品を制作している。最近は彫刻に関するリサーチを基に、近代以降の彫刻家やその制作行為をモチーフとした映像作品を制作展開している。最近の展覧会に、「art resonance vol.01 時代の解凍」(芦屋市立美術博物館、2023)、「コレクション・ハイライト+コレクション・リレーションズ[村上友重+黒田大スケ:広島を視る]」(広島市現代美術館、2023)、「湖底から帆」(なら歴史芸術文化村、2023)「DOMANI・明日展 2022-23 」(新国立美術館)、「あいち2022」(常滑青木製陶所跡)などがある。
https://sites.google.com/view/daisuke-kuroda/home

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佐々木友輔|「作る」よりも「聞く」ことで

兵庫→茨城(2004)→東京(2013)→鳥取(2016)

とある1日の時間割

4:20 起床
4:30 授業準備、メール返信
10:00 通勤(道すがら蟹に挨拶)
10:30 個別ゼミ(卒論指導)
12:00 校務関係の打ち合わせ
13:00 専門ゼミ(各研究室で行うゼミ活動)前半グループ
14:45 専門ゼミ 後半グループ
16:30 ビジュアルアーツ入門(コース1年生向けの専門科目)
18:30 おたく会(ゼミ活動の一環として、学生による推しMVのプレゼンバトルを実施)
21:00 夕食
21:30 調査資料の整理、原稿執筆
23:00 帰宅(道すがら蟹を撮影)
23:20 映画鑑賞(Amazon Prime Video)
25:00 翌日の授業準備
26:00 就寝

(2023年6月21日のToDoリストと記憶を頼りに)


2023年6月21日に撮影した蟹。通勤・退勤時の道中、蟹を見かけたら無理のない範囲で撮影し、挨拶の文言と共にSNSにアップすることを日課にしている。蟹は毎年5月頃から出没し始め、10月頃までその姿を見ることができる。[筆者撮影]

鳥取で知り合った蛇谷りえさん(うかぶLLC)から、カメラを回さずとも「人の話を聞く」だけでドキュメンタリーは成立し得るのだと学んだ。実際、県内で自主上映活動を行なう人々にインタビューした『映画愛の現在』三部作(2020)をはじめとして、この土地に来てからは、何かを「作る」より「聞く」ことのほうが作家活動の中心を占めている。勤務先の鳥取大学でも、こちらから「教える」よりも学生から「学ぶ」ことのほうがはるかに多い。すぐそばに誰がいるか、何があるかによって、私の制作は一変する。中平卓馬は「カメラになった男」と呼ばれ、原將人は「まるで映画を見ているようだ」と呟いたが、私もまた自分自身の生を媒体としたドキュメンタリーでありたい。かけがえのないものたちが生きた証を遺すために、石よりも耐久性をもち、デジタルデータよりも信頼性の高い記録媒体となって、死後も生き続けるための方法を模索している。

ささき・ゆうすけ
1985年兵庫県神戸市生まれ。映像作家・企画者。鳥取大学地域学部准教授。映画・ドキュメンタリー制作を中心に、執筆・出版、展覧会企画など領域を横断した活動を続けている。近年公開した主な長編映画に『コールヒストリー』(2019)、『映画愛の現在』三部作(2020)、『上り終えた梯子は棄て去らねばならない』(2022)など。現在は、鳥取にかつてあった映画館やレンタルビデオ店の調査から日本映画史の再検討・再記述を試みる「見る場所を見る──鳥取の映画文化リサーチプロジェクト」(Clara、杵島和泉との共同企画)に力を入れている。
https://note.com/sasakiyusuke

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大道寺梨乃|毎朝7時、「最後の」抱っこ

東京→チェゼーナ(2015)

とある1日のタイムテーブル:2024年2月29日(木)うるう年

7:00 起床
8:00 家事や制作をする
13:30 昼食
15:30 娘を迎えに行く
16:00 娘をロボットワークショップへ連れていく
17:00 娘はワークショップが終わり友達の家へ、わたしは夕飯の買い物へ
19:00 娘を迎えに行ったついでに友達の家で夕飯を頂く
21:15 帰宅
21:45 就寝


日課は特にないのですが、猫のポンズが時計も読めないはずなのに毎日かなり正確な体内時計で餌の時間を知らせてくるので毎日驚いています。[筆者撮影]

2024年2月うるう年の日のタイムテーブル(ワンオペ中)です。なかでもいつも一番頑張っている朝の時間の説明だけ書いておきます:7時、目覚ましが鳴って一度起床するがタイマーを10分かけてベッドで娘と抱き合う、これをわたしたちは ”Ultimo dakko”(イタリア語で「最後の」という意味のウルティモと日本語の抱っこを合わせた造語)と呼んでいる。そのUltimo dakkoの間じゅうずっと猫のポンズはニャーニャー(餌をくれという意味)言いながらドアを引っかき続けている。7時15分、なんとか起床しポンズに餌をあげ、娘とテーブルに移動、するが2人とも眠すぎて5分くらいはまだ抱き合う。7時20分、ミルクティーを作り、娘にはクッキーとミルクを差し出し、なんとか朝食をスタート。8時、なんとか家を出発、エレベーターの中の鏡を使って娘もわたしもリップクリームを塗る。8時15分学校に到着し娘は小学校へ。8時半、帰宅して残ったミルクティーを飲む。9時過ぎに家事や制作を始める。

だいどうじ・りの
1982年東京生まれ。劇団FAIFAIの創立メンバーとして国内外での作品に俳優として参加。2014年よりソロでのパフォーマンスを開始、2015年北イタリアのチェゼーナに移住。主な作品に『ソーシャルストリップ』『これはすごいすごい秋』『朝と小さな夜たち』など。2021年より大道寺超実験倶楽部を発足し、日記映画『La mia quarantena / わたしの隔離期間』『Quando d’estate mi dimentico dell’inverno / 夏には冬のことをすっかり忘れてしまう』の上映会を企画。2023年にはオランダにて舞台『Superposition』に俳優として参加、オランダ13都市にてツアーを行なった。
https://www.faifai.tv/member/rino-daidoji

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分担とパッチワークのフェミニズム──パフォーミングアーツと女性のライフステージ|落雅季子:フォーカス(2022年07月15日号)
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高尾俊介|穏やかな日常のなかでデイリーコーディング

熊本→つくば(2000)→岐阜(2006)→東京(2008)→岐阜(2014)→神戸(2017)

とある1日の時間割

6:00 起床、自室でコーディング
7:30 子ども起床、朝食、身支度
8:30 保育園への送迎
9:00 授業準備、大学へ
12:00 昼食
13:00 授業・ゼミ
17:30 帰宅
19:00 夕食
21:00 入浴、子どもの寝かしつけ
22:00 海外の人たちとオンラインミーティング
24:00 就寝


2024年3月3日のデイリーコーディング

岐阜県のIAMASを卒業して、2008年から2014年末まで東京にいました。2014年3月までは、会社員をしていましたが、退職後、職業訓練校でプログラミングを勉強しなおしました。2014年末から2017年3月までIAMASで研究員をしていて、デイリーコーディングを始めたのは2015年からです。2017年4月に神戸の甲南女子大学の専任講師になりました。週4日大学に通っていて1日は外部で研究しています。 東京にいたときは毎日どこかしらで何か起こっていてそれらを吸収しなければと、家にいることに対して罪悪感を感じていました。でも、岐阜で文化的なものに触れる機会は確かに減りましたが、穏やかな日常のなかに息づく創作にまつわるささやかな気配を発見できるようになりました。デイリーコーディングはそういった気づきを日記に書くような行為です。いまは、地方にいたり、家にずっといたりすることで何かを失った気はしません。2019年4月に結婚、2020年1月に子どもが生まれました。家事と子育ては、朝は僕が、夕方以降は妻が、という分担でやっています。子どもを寝かしつけたあとに、欧米やアジアのジェネラティブアートのコミュニティの人たちとやりとりをしています。

たかお・しゅんすけ
1981年熊本県生まれ、兵庫県在住。2019年より、日記のように毎日プログラムを書く習慣としてデイリーコーディングを提唱している。2021年、NFTアートプロジェクト「Generativemasks」を発表。1万点のプログラムから生成されるNFTが世界的に注目を集め、発売から2時間で1万個が完売した。このアーティスト収益から、ジェネラティブアート振興財団を設立。現在は作品発表と並行して、アルゴリズムと計算の芸術であるジェネラティブアートの普及活動に従事している。甲南女子大学文学部メディア表現学科准教授。
https://cenkhor.org

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野村恵子|イメージの実現

兵庫→アメリカ(1994)→大阪(1996)→東京(1998)→沖縄(2020)

とある1日の時間割

6:30 散歩へ
9:00 シャワー、朝食
10:00 メ-ルチェック、レタッチ作業など
13:00 近所に買い出し 昼食作り
14:00 作業
19:00 夕食作り
20:00 作業の残り、読書など
22:00 就寝


[筆者撮影]

沖縄の日の出は日本の本土より遅く、冬時期のいまは朝7時をかなり過ぎてから私の部屋に朝の光が差し込んでくる。とくに仕事の予定がなければ、その朝の光を合図にして散歩に出る。これが夏の時期であれば、4時台の早朝から起き出すことになる。夏場は暑いので、朝のまだ涼しい時間帯に動くほうがいい。すぐ近くの浜に出て、波を眺めてみる。今日は凪だ、潮も安定している、と感じれば、部屋に戻って、ウェットスーツに着替えて、シュノ-ケリングと防水カメラを持って、海に入る。郷里を出てから20年と少しのあいだ、東京の都心に住んでいたが、2020年の秋、コロナ禍のなか、思い立って沖縄本島の海辺の地に移住した。沖縄には血縁もあり、長年にかけて自分の写真制作のテ-マにしていたこともあり、馴染みが深い地ではあったものの、移住については具体的には考えていなかった。コロナ禍が私の背中をポンッと押したといってもいいだろう。すべてが一度ストップしたとき、ふと心底で、自分がいつも単純に望んでいたイメージを実現することにしたのだ。「透き通った明るい海のそばで暮らしたい。美しい空の下、珊瑚と魚のたくさんいる海で、気軽に毎日でも泳ぎたい」。いま、私は南の地で、その潮が満ち引く流れのなかに、プカプカと浮かび漂っている感じだ。

のむら・けいこ
神戸市生まれ。大阪ビジュアルアーツ専門学校卒業。卒業後、渡米。サンタフェのワ-クショップにて写真を学ぶ。1999年に沖縄をテーマにした写真集「DEEP SOUTH」を発表。同名の写真展を渋谷パルコギャラリーにて開催。同作品にて、日本写真協会新人賞、2000年に東川賞新人作家賞を受賞。2019年、林忠彦写真賞を受賞。個展の開催は40回を超え、グループ展も国内外で多数参加。2022年ポーランドより写真集「Melody of Light」刊行。その他の写真集や出版物も多数刊行されている。現在、沖縄を拠点に活動中。5月3日よりふげん社ギャラリーにて個展を開催予定。
https://www.keikonomura.com

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蓮沼昌宏|移住にまつわる寂しさと安らぎ

東京・港区→千葉・浦安(1985)→千葉・佐倉(1991)→千葉・松戸(2007)→東京・町田(2011)→東京・文京区(2014)→バート・フィルベル(2016)→フランクフルト(2017)→愛知・知多(2017)→富山(2019)→知多(2020)→長野・塩尻(2021)

とある1日の時間割

5:00 起床、メールや片付けなどの作業
7:30 子どもたちが起床
9:00 5歳の子を保育園へ(この間に作業したいところだが、0歳の子と遊んでしまったり)
16:00 保育園から帰宅
17:30 夕食
19:00 お風呂、子供たちと遊ぶ
21:30 就寝


お絵かき 夜、Messengerで通話しながら 2024年3月1日

移住は不安やさみしさがつきまといます。移り住んで間もない頃は誰からも受け入れられていない感覚になります。チェーンレストランの看板にも疎外感を覚えたり。そういう気持ちの裏には、新しく来たこの場所を、私はまだ受け入れたくない、みたいな抵抗があるのかも。孤独になる。でもなぜ移住してきたのかと思い返せば、元居た場所で、これまでのようには過ごせなくなってきた、という種類の窮屈さを覚えたからです。東日本大震災のあった2011年に千葉の松戸から東京の町田へ。木造の家はよく揺れ、地域は暗くなり、電車も知らない関東の西に行ってみるかな、と。2016年に文化庁の海外研修制度でドイツに1年滞在したところはのんびりした郊外で、湧き水が多く、ローマ時代の遺跡やミネラルウォーターの工場がありました。役所の人と面談して、緊張と不安と言語のわからなさを抱えながらも、なんとか住むための書類を受理してもらった帰り道は体がとても軽く感じられました。日本から遠く離れたことを実感できたのでしょう。新型コロナが流行って、まだ終わらない2021年、愛知の知多から長野の塩尻へ引越し。愛知は妻の実家で、子育てをしながら、家族みんなで各地レジデンスへ赴いていましたが、それもなくなり、それなら自ら移動してみるかと長野へ。現在、長野に来て3年。どこも標高が高く、私の家のあたりは850m。0歳と5歳の子と毎日いるので、なかなか制作はままならないですが。アトリエは古い民家を借りています。そこの大家さんは優しくて助けられています。そのためしばらくは移住したくないなと思っています。

はすぬま・まさひろ
1981年東京都生まれ。千葉県育ち。2010年東京藝術大学大学院美術研究科博士課程修了(美術解剖学)。2016〜2017年文化庁新進芸術家海外研修員(ドイツ、フランクフルト)。 近年の活動に「公開制作vol.3 蓮沼昌宏 制作、テーブル、道」(長野県立美術館、2023)、「特別的にできない、ファンタジー」(神戸アートビレッジセンター、2021)、「物語の、準備に、備える。」(富山県美術館、2020)などがある。2020年に自作集『床が傾いていて、ボールがそこをひとりでにころころ転がって、階段に落ちて跳ねて、窓の隙間から外へポーンと飛び出てしまう。蓮沼昌宏』を刊行。現在、長野県を拠点に活動中。
https://www.hasunuma-masahiro.com

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村上慧|分解と再構成のなかで

東京→香川(2013)→国内で移動生活(2014)→長野(2016)→東京(2018)→長野/千葉/東京(2023)

① とある1日の時間割(長野県大町市の自宅にて)

9:00 起きあがる
9:30 パンケーキミックスに米粉を加えてみたものをフライパンで焼く→朝ごはん(もちもちでおいしかった)
10:45 TERRADA ART AWARDで使ったビスを再利用するために仕分ける→物置に洋服掛けをDIYする
12:40 洋服掛け完成→道具の片付けと洋服の整理をする
13:30 米を炊き、昨日のカレーをあたためて、なめこの味噌汁を作る
14:10 お昼ごはん
14:30 洗いもの
14:50 制作(文章)
16:00 同居人と共に車でリサイクルショップへ向かう(買取額35パーセントアップの日)
16:40 帰宅。持っていった衣類5点のうち1点に値がつき、111円を手に入れる
17:00 部屋が暖まるまでストーブの前でじっとしているうち、昼寝に
18:30 起きてパソコンへ向かい、制作(文章)
20:30 豚バラ大根を作る
21:20 豚バラ大根完成。なめこの味噌汁の残りと合わせて晩ごはん
21:50 洗いもの
22:20 ふたたびストーブの前に座りこむ。今度は本を読む
23:30 制作(文章)
26:00 眠気を感じ、パソコンをシャットダウン。歯磨きとお風呂。お風呂で本を読む
27:00 寝る

② とある1日の時間割(千葉県山武市の制作現場にて)

6:00 車の中で起床(車中泊)→寝袋の中でしばらく過ごす
7:00 コンビニへ行き、顔を洗う。カップみそ汁(揚げナス)を車中で飲む
7:30 現場に戻り、キャンプチェアに座ってMacbookで昨日の日記を書く
11:00 建設機械のレンタル業者のお兄さんとコンビニで待ち合わせ→ユンボを手に入れる
11:30 制作(土木作業。おもに駐車場の整備)
12:00 手伝いに来てくれた友人を駅まで迎えに行く
12:30 お昼ごはん(スリランカレストランで「ギードーサ」という薄いナンのようなものを食べる)
13:00 制作(土木作業)
17:00 友人を駅まで送る
18:00 お風呂(車で20分くらいの銭湯)
19:30 リサイクルショップに寄り、990円の小さな机を購入(車内でのパソコン作業用に)
20:00 夜ごはん(サイゼリヤ)→そのままMacbookを開き、今日の日記を書く
22:00 現場に戻る。車内でビールを飲みながら日記の続きを書く
24:00 寝る

大町の部屋にて[撮影:Kazuhiro Ikeda]

長野で大きな家を手に入れてから生活が変わり、いまは三拠点生活になっている。生活の拠点は長野に置きつつ、千葉で進めているプロジェクトの現場に泊まり込んだり、東京に用事があるときは共同で借りているアトリエに滞在する、という日々。高い家賃を払っていた東京の頃とくらべて生活の不安はだいぶ改善された。家が大きいので資材や作品を捨てずに取っておくこともできる。リサイクルショップで気になったものも置き場を気にせず買えるようになり、その出合いが制作によい影響を与えてくれたりもする。大町にいると町のどこからでも北アルプスが見える。春には麓から雪が解けはじめ、用水路は雪解け水で溢れるほどになる。しゃばしゃばと賑やかな音が部屋の中まで聞こえてくる。水道水も湧き水なので、このほうじ茶はかつてあの山に降った雨が地中で濾過され、ほかの生き物たちの体も通過した水なのだと感じられる。私は水の循環に組み込まれているというたしかな実感があり、木も鳥も同じ円環のなかにいるのだと思うことができる。土も親密な存在になった。庭の穴に生ゴミを放りこむと、驚くほどの速さで分解され、気がつけば土に変わっている。スーパーで買ったかぼちゃから種を取り出して庭に蒔けば、数カ月後には新しいかぼちゃができている。世界は生産→消費という片道運行ではなく、分解と再構成による循環でまわっているのだという当たり前のことを、生活のなかで普通に意識している。

むらかみ・さとし
1988年東京都生まれ。2011年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。清掃員に扮して街中をリズミカルに掃除する《清掃員村上》、自作した発泡スチロール製の家に住む《移住を生活する》、広告収入を使って看板の中で生活する《広告看板の家》などのプロジェクトを行なう。近年は千葉県山武市に土地を購入し、落ち葉の発酵熱や気化熱など自然現象を利用した冷暖房を開発する《村上勉強堂》計画を進めている。主な個展に「村上慧 移住を生活する」(金沢21世紀美術館、2020-2021)、主なグループ展に「TERRADA ART AWARD 2023 ファイナリスト展」(寺田倉庫[東京]、2024)など。著書に『家をせおって歩く』(福音館書店、2019)、『家をせおって歩いた』(夕書房、2017)などがある。
https://satoshimurakami.net

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アーティストたちの客観性──高松コンテンポラリーアート・アニュアル vol.08/社会を解剖する|橘美貴:キュレーターズノート(2019年10月15日号)

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アーティストに教わる 簡単おいしい「アトリエ飯」(2022年12月15日号):風間サチコ/国松希根太/新井卓/土谷享/会田誠/高嶺格/手塚愛子
5人のアーティストの他生物との暮らし(2021年12月15日号):今井俊介/AKI INOMATA/三原聡一郎/山本愛子/志村信裕
2020年、アーティストたちの距離・時間・接触(2020年12月15日号):久門剛史/高谷史郎/額田大志/市原佐都子/笹岡啓子
2017年に印象に残った読みモノはなんですか?(2017年12月15日号):青野文昭/岩崎貴宏/志賀理江子/砂連尾理/野口里佳/藤野高志
12人の移動するアーティスト(2017年01月15日号):ミヤギフトシ/山内祥太/下道基行/赤岩やえ/榊原充大/毛利悠子/篠田千明/鈴木昭男/松原慈/山川冬樹/荒神明香/田村友一郎