配信プラットフォーム:WOWOWオンデマンド
公式サイト:https://wod.wowow.co.jp/program/195410

同性愛者は映画のなかでどのように描かれてきたのか。そしてそのことは現実とどのように関わるのか。2023年の第76回カンヌ国際映画祭で日本映画としては初めてクィア・パルム賞を受賞した是枝裕和監督の映画『怪物』が、一方で試写を観たマスコミ関係者に対して登場人物の「クィア性」を「ネタバレ」しないように求めていたことや、クィアな登場人物が迎える結末などをめぐって批判を集めたことは記憶に新しい。2024年3月には是枝がそれらの批判に応答するかたちでライターの坪井里緒、映画文筆家の児玉美月と対話したものをまとめた記事が「映画『怪物』クィアめぐる批判と是枝裕和監督の応答 3時間半の対話」として朝日新聞の運営する言論サイトRe:Ronに掲載されている。是枝のような高名な監督が自作への批判に正面から誠実に応答し、建設的な対話が行なわれるとともに議論が可視化されたのは喜ばしいことだ。だが、この対話でも触れられているように、マイノリティの表象に関わる問題は個々の作品の是非や評価に留まるものではない。

『セルロイド・クローゼット』(1995)はハリウッド映画において同性愛がどのように描かれてきたかを検証したドキュメンタリー映画。ヴィト・ルッソによる同タイトルの書籍(ただしこちらはHomosexuality in the Moviesという副題が付されている)をもとにロブ・エプスタインとジェフリー・フリードマンが監督するかたちで映画化され、1995年に第20回トロント国際映画祭で初上映された。翌96年にはアメリカ、97年には日本でも公開され、その後DVDも発売されたものの現在ではその価格は高騰。長らく視聴困難な状態が続いていたのだが、この8月、WOWOWオンデマンドでの配信がスタートし、ようやく多くの人が簡単にアクセスできる環境が整った。

映画は「映画の100年の歴史で同性愛が描かれた例はごくまれです」とはじめつつ、1895年から90年代に至るまでおよそ100年にわたる100本以上の映画を引用し、監督や脚本家、俳優などの映画関係者の証言を交えながら(なんとトム・ハンクスまで出演している)、映画に刻まれた同性愛者の姿とその変遷、あるいはそれらを見た観客の受容までを描き出していく。「“通説”の作り手ハリウッドはゲイをどう見るべきかをゲイ自身を含め皆に教え込みました。その影響は絶大でした」(ここでの「ゲイ」は男女問わず同性愛者を意味する)。

無声映画の時代からすでに笑いの対象としてスクリーンに登場していた同性愛者はヘイズ・コード(アメリカ映画製作配給業者協会によって34年から実施された自主規制条項)のもとで排除され姿を消し、それでも検閲をすり抜けるように映画のなかにその存在を刻んでいく。やがてスクリーンに映し出される同性愛者は犠牲者から加害者へと姿を変えていき、そしてようやく90年代。「長い沈黙は終わりを告げ新しい悪びれない声が生まれてきました。昔から存在した人々の物語を語り始めたのです」。ドキュメンタリーの最後を飾る無数の映画からのモンタージュが映し出す同性愛者たちの姿は、そこまでの歴史を辿ってきたからこそより感動的だ。しかし一方で『セルロイド・クローゼット』から30年が経った2024年の日本はどうだろうかということも省みざるを得ない。映画作家のジャン・オクセンバーグはこの映画のなかですでに、ゲイの主人公が死んでしまうある映画に対する評価を聞かれ「いい映画だけど何も証明しなかった」「生き残る主人公が歓迎されるかどうか。それが問題よ」と応じていたのだった。

言及する映画自体を作品内でそのまま引用することができるのはドキュメンタリー映画ならではの特権であり、無数の映画の断片から映画史における同性愛者の姿が浮かび上がってくる点にこの映画の意義や面白さがあるのは確かだろう。しかしこの映画にさらなる深みを与えているのは自分たちがそれらの映画とどのように関わってきたかを語る映画関係者たちの証言である。例えば『理由なき犯行』(1955)の脚本家スチュワート・スターンは当時を振り返りつつ、いまなら主人公をあのようには描かないだろうと率直に語ってみせる。映画の撮影や公開の当時に考えていたことといま振り返って考えることのギャップや関わる立場(監督、脚本、俳優、あるいは観客等々)による違い。あるいは同じ映画における同性愛者の描き方にもポジティブな面とネガティブな面が同時に存在し得ること。そして何より観客としての証言者たちがどのように映画のなかに自分たち自身を、仲間の姿を見出してきたかということ。

『セルロイド・クローゼット』と類似のドキュメンタリーとしてはトランスジェンダーがハリウッドでどのように描かれてきたかを検証するNetflixのドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』(監督:サム・フェダー、2020)や映画を支配する「Male Gaze=男性のまなざし」とそれによる女性の搾取や客体化が現実にどのような影響を及ぼしているかを暴き出す『ブレインウォッシュ セックス−カメラ−パワー』(製作・監督:ニナ・メンケス、2022)などもある。これらも併せて観るとフィクションにおける表象というものがいかにしばしば偏ったものであるかがより一層はっきりとわかるだろう。そしてそれらを反映して構築されている以上、私たちが現実に向けるまなざしもまた偏りからは逃れられない。だから、まずはそれに気づくところからはじめるしかないのだ。

鑑賞日:2024/09/19(木)