派遣期間:2024/10/02〜2024/10/07
公式サイト:https://www.jpf.go.jp/j/project/culture/perform/exchange_perform/2024/10-01.html

(「レポート①:International Presenters Visit Programme」から続く)

[筆者撮影]

私たちが参加したプログラムの二つ目のカテゴリーはEsplanadeのダンスプログラムda:ns focusの一環として実施されているもの。このなかにはさらにCAN – Connect Asia Nowとda:ns LAB 2024という二つのプログラムが含まれている。Connect Asia Nowは17年続いたda:ns festivalを引き継ぐかたちでEsplanadeが2023年から開催している国際ダンスプラットフォーム。今年は儀式、抵抗、そして変態の身体化(embodiment)をテーマに山海塾『TOTEM 真空と高み』、Joshua Serafin『PEARLS』、Eisa Jocson and Venuri Perera『Magic Maids』の3作品が上演された。一方のda:ns LAB はEsplanadeとDance Nucleusによる新進のアーティストを対象としたコーチングプログラム。IPVPのプレゼンにも参加していたダニエル・コックがキュレーションを担当し(ダニエルは日本でも『ゲイ・ロメオ』[フェスティバル/トーキョー12 公募プログラム]や『Q&A』[TPAM2013/インターナショナル・ショーケース]などの作品を上演している)、今年は香港のUnlock Dancing Plazaと台北のThinker’s Studioとのパートナーシップのもと、2025年にかけて継続的なプロジェクトとしての展開が予定されている。アジアを拠点とする4人のインディペンデント・アーティスト(Norhaizad Adam[シンガポール]、Chan Wai Lok[香港]、Li Yun[台北]、Jasmine Yadav[デリー])がドラマトゥルクのLim How Ngeanのファシリテーションのもとで進行中の創作に関して互いに意見交換を行ない、観客の前でそれぞれのビジョンや進行中のプロジェクトが将来的にどのような作品になっていくかについてのプレゼンテーションを行なうまでが今回のプログラムになっている。

加えて、今回の派遣プログラム独自のイベントとして、シンガポールを代表する演出家で日本でも『三代目、りちゃあど』(作:野田秀樹/2016年上演)など多くの作品を上演してきたオン・ケンセンとのトークセッションと、ダニエル・コックのオーガナイズによる若手アーティストとの「スロー・デイティング」の場も提供された。

オン・ケンセンとのトークセッションのメイントピックは舞台芸術のアーティストとして国際的に活動するとはどういうことかについて。例えばYPAM2024でも上演が予定されている『ディドーとエネアス:ヘンリー・パーセル作曲の同名のオペラ(1689年)に基づくショー』など近年のオン・ケンセンのプロダクションでは、一部のパフォーマーを上演地で募るかたちで上演をつくり上げているのだという。これは規模の大きなプロダクションが国際展開をする際の環境への負荷を軽減するとともに、現地のコンテクストを上演に取り込む意図を持ってのことらしい。コンテクストの異なる場所でどのように作品を上演/受容するかというのはもちろんきわめて重要な問題である。だが、単に現地のパフォーマーを起用するだけでそれが現地のコンテクストを踏まえた上演になるわけではないこともまた自明だろう(もちろんそれによって持ち込まれるコンテクストもあるにせよ)。個人的には、作品のコンテクストに関する問題は作品自体というよりむしろそれを上演/受容する環境の問題として考えるべきものであり、異なるコンテクスト間で生じる摩擦・衝突・交差をこそ表面化させるような場の設定を考えるべきだとも思う。いずれにせよ、現地パフォーマーの起用が実際にどのようなかたちで行なわれ、それが上演においてどのような効果を生み出しているのかについては12月の公演を観て改めて考えてみたいところだ。

「スロー・デイティング」はネットワーキングイベントでよくある「スピード・デイティング」(プレゼンターごとに用意されたブースを参加者が一定の時間ごとにひとつずつ移動しながらプレゼンを聞いていくネットワーキングの形式)をもじったもの。ビジネスライクな短時間のプレゼンとそれに対する応答だけではアーティスト同士の交流は促進されづらいと考えたダニエルが、よりカジュアルな雰囲気のなかでそれぞれの興味関心を共有するための場としてセッティングしてくれたらしい。参加アーティストはシンガポールからHasyimah Harith、Ho Yuhan Ashley、Suhui Hee / Anise、Mok Cui Yin、Liu Xiao Yiと香港からJoseph Leeの合わせて6名。

これはYPAMと国際交流基金から依頼を受けたダニエルがアーティスト間の交流を促進するためにセッティングしたものであり、その狙い通り、国際交流という点ではこの「スロー・デイティング」がもっとも有意義だったように思う。それぞれの作品やプロジェクト、興味関心を中心とした緩やかな雑談は「スロー・デイティング」の枠を超えてランチの時間にも続き、翌日にはちょうどLiu Xiao Yiが手がけていた舞台『The Silence of All Things: Thus Have I Heard《万物静黙:如是我聞》』の通し稽古の見学にもつながることになった。もともとLiu Xiao Yiと山田カイルとの間には交流があったとはいえ、今回の滞在中、あらかじめ予定されていたプログラムの外で生じたイベントはこの通し稽古の見学と『ディドーとエネアス』シンガポール版に出演していたドラァグ・クイーンが出演するというドラァグ・ショーの観劇だけだった。それだけ密度の高い充実したスケジュールが組まれていたということも大きな理由ではあるのだが、そうでなかったとしても、参加者の目的が明確なIPVPのプログラムでは、日本からの参加アーティストとシンガポールのアーティストらとの個人的な交流が生まれてくる可能性はほとんどなかっただろう。

もちろん、舞台芸術のアーティストとして国際的な活動を視野に入れるのであれば、日本以外の国や地域における舞台芸術の状況を知ることに大きな意味があるのは間違いない。だが、今回の派遣プログラムは総じて「知見を得る」ことに比重が偏っていたように思える。初年度にあたる今回の派遣プログラムは実質的にはパイロット版としての実施だったとのことで(IPVPという既存の、必ずしも日本のアーティスト向けに最適化されたものではないプログラムを中心とした組み立てになっていたのもそれが理由である)、次年度以降は参加者からのフィードバックも踏まえながらよりベターなプログラムを目指していくとのことだが、いまだ国際交流や国際展開の経験に乏しいアーティストがこれから国際的に活動していくための種を蒔くことを目的とするのであれば、同世代の(できれば興味関心を共有する)アーティストやプロデューサーとの交流にもう少し比重を置いてもよいのではないだろうかと個人的には感じた。

 

(「レポート③:プレゼン能力と育成プログラムについて」へ続く)

執筆日:2024/10/23(水)