会期:2024/10/05~2024/10/27
会場:ロームシアター京都京都芸術センター京都芸術劇場 春秋座THEATRE E9 KYOTO京都府立府民ホール“アルティ”、京都市役所本庁舎屋上庭園、堀川御池ギャラリー ほか[京都府]
公式サイト:https://kyoto-ex.jp/

15周年を迎えたKYOTO EXPERIMENT京都国際舞台芸術祭 2024。プログラムの軸のひとつは、日本・台湾・韓国をめぐる東アジアの近現代史を、個人の記憶や体験とどう結び合わせ、解きほぐしながら語り直すかという問いにある。作品単体の魅力に加え、複数の演目をつなげて見たときに、立体的な視座が浮かび上がってくる点がKEXの醍醐味であり、今年も健在だ。

年老いた(生殖能力を失った)女性が山に棄てられる「姥捨て山」や山姥伝説と、台湾の原住民族に伝わる「テマハホイ(男性を介在せずに妊娠・出産する女性のみのコミュニティがあるとされる山奥の地)」。「日本と台湾の山が国境を越えてつながっていたら?」という想像から対話を開始するのが、松本奈々子&アンチー・リン(チワス・タホス)『ねばねばの手、ぬわれた山々』だ。リンが語るテマハホイの伝承と、松本が山深いテマハホイの地へ旅する架空のストーリーが交互に展開する。「生殖」「異性とのセックス」から追放/解放された女性、森林開発と製紙産業、ミツバチが媒介する楠のエコシステムなど、さまざまな要素が展開するが、焦点が拡散気味に感じられた。茹でたタロイモとパルプがぐちゃぐちゃにつぶして混ぜ合わされ、ねばつく床に足を滑らせながらも格闘のようなダンスを続ける松本の姿は印象深い。だが、植民地の歴史やクィアといった周縁化された場所から、国家や資本による生(性)の管理をどう問い直すのか? については深堀りされず、未消化感が残った。

松本奈々子&アンチー・リン(チワス・タホス)『ねばねばの手、ぬわれた山々』(2024)[撮影:岡はるか 提供:KYOTO EXPERIMENT]

松本奈々子&アンチー・リン(チワス・タホス)『ねばねばの手、ぬわれた山々』(2024)[撮影:岡はるか 提供:KYOTO EXPERIMENT]

余越保子/愛知県芸術劇場『リンチ(戯曲)』は、日本の近現代史の暴力の暗示と身体感覚を強く喚起する言葉が並ぶ難解な戯曲を、ダンサーの身体表現に個人史を織り交ぜた「上演」として読み替えた。ト書きに登場する「お袋」という言葉に着目し、核となるのが「母親の記憶」。戦時中に毒ガス兵器工場に動員された母を後年蝕んだ病と、放射線治療を受けて「毒」を体内に入れた余越自身の経験談。そこに、来日後「アフリカ人なのに服を着ている」と驚かれたというアフリカ出身のダンサーの個人史や亡き母の記憶が加わり、暴力の矛先と喪失をめぐる物語が重層化していく。ただ、身体表現の革新性よりも、「語り」の比重に寄りかかりすぎたきらいがある。

余越保子/愛知県芸術劇場『リンチ(戯曲)』(2024)[撮影:吉見崚 提供:KYOTO EXPERIMENT]

余越保子/愛知県芸術劇場『リンチ(戯曲)』(2024)[撮影:吉見崚 提供:KYOTO EXPERIMENT]

ジャハ・クー/CAMPO『ハリボー・キムチ』では、舞台上に韓国の屋台が出現。(事前に指定された)観客に、クー自身がその場で調理したチヂミやワカメスープを振る舞いながら、韓国の現代史と交差する個人史が、味覚や臭いといった身体と切り離せない皮膚感覚を通して語られる。祖母のキムチ作りをめぐるエピソードから抽出されるのが、「窒息」と「変容」というキーワードだ。熟成を促すために白菜を「窒息」させることがおいしさの鍵だが、クーがヨーロッパへ移住する際に家族が持たせた大量のキムチは、隣人を困惑させる匂いとともに、「ニンニク臭い」という差別発言を向けられる「窒息感」のメタファーとなる。白菜は発酵過程で分解と変容を経るが、味覚として染み付いた文化的アイデンティティはどこまで分解や変容が可能なのか。

また、1980年、軍事政権に対する市民の民主化運動が弾圧された光州事件と、1997年に起きたアジア通貨危機をつなぐのが、クーの父親の「匂いのトラウマ」だ。通貨危機による経済悪化で増えた失業者が生活の糧として始めた屋台のフライドチキン。だが、路上に急増したその「匂い」は、兵士として光州事件を体験した父親にとって、死体の腐乱臭のトラウマを引き起こし、彼もまた息ができない「窒息感」を抱えて生きることになる。モビリティの体現である「屋台」が、ポップな楽曲と映像が流れる移動式舞台装置となり、体臭のようにぬぐい去れない苦痛の記憶、異国での痛みを慰める人工的な甘み(=ドイツの国民的グミ菓子「ハリボー」)、慣れ親しんだ味覚として身体とともに旅する帰属意識について語られる。

ジャハ・クー/CAMPO『ハリボー・キムチ』(2024)[撮影:松見拓也 提供:KYOTO EXPERIMENT]

ジャハ・クー/CAMPO『ハリボー・キムチ』(2024)[撮影:松見拓也 提供:KYOTO EXPERIMENT]

また、今年のKEXは、「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」との共同主催により、フランスを中心にヨーロッパのダンス作品が半分弱を占めることも大きな特徴だ。さらに、プログラム前半には、「女性のみ」「男性のみ」で上演される作品が並び、ジェンダーによる対照性が際立って感じられた。中編では、ジェンダーを軸に3つのダンス・パフォーマンス作品を振り返り、ジェンダーの不均衡な力学について考察する。そして後編では、ジェンダーへのひとつの応答として、アミール・レザ・コヘスタニ/メヘル・シアター・グループ『ブラインド・ランナー』を取り上げる。

(中編[10/20公開予定]へ続く)

鑑賞日:2024/10/14(月・祝)、10/25(金)、10/26(土)