会期:2025/02/08〜2025/02/11
会場:吉祥寺シアター[東京都]
公式サイト:https://inzou.com/

劇団印象-indian elephant-『女性映画監督第一号』(作・演出:鈴木アツト)はそのタイトルの通り、日本における女性映画監督第一号となった坂根田鶴子(万里紗)の物語だ。同時にこれは現実とフィクションとの、あるいは現実と映画との関わりを描いた物語でもある。そして当然、女性監督の物語であることと現実と映画との関わりを描いた物語であることは強く結びついてもいるのだった。どのように?

坂根のもとを訪れる二人の女性(藤井咲有里、岡崎さつき)。田中絹代が監督する新作『女ばかりの夜』のプロデューサーと助監督だというその二人は、そのスクリプターを坂根に依頼するために来たのだという。主要スタッフは優秀な女性で固めたいという二人の言葉を聞いた坂根は「なんで私は、早う生まれてきてしもったんやろか」と問わず語りに自身の映画人生を語り出し──。

(※この作品は2025年3月11日[火]までの販売期間[視聴ページにログイン後14日間視聴可能]で現在配信中。以下では物語の展開に触れているので注意されたい)

[撮影:菅原康太]

坂根のキャリアは溝口健二(内田健介)の助監督としてスタートする。溝口や男性俳優(峰一作)に軽んじられながらも日々の業務を何とかこなしていく坂根。そんなある日、溝口の妻・千枝子(佐乃美千子)と映画館に出かけた坂根はそこで上映されていたドイツ映画『制服の処女』に衝撃を受ける。それは素晴らしい映画だった。しかも出演者は全員女性。それどころか監督も脚本も女性なのだ。「あそこに描かれていたのは私たち自身なんだ」と感じた坂根は「映画は光、女の立場から新しいセンスを投影させる光。女から見た真実の女は、泣いてばかりじゃなかった。笑う女たち、そう、笑う女たちだよ」と自ら監督するべき映画の方向性を見出す。ここで『制服の処女』の監督・脚本・出演者の全員が女性だったという現実はもちろん重要である。だが坂根はまず、そこに描かれている、つまりはフィクションの女性たちの姿にこそ心を動かされたのだった。坂根も言うようにそれは『制服の処女』という映画が、女性である坂根自身も見過ごしてきた、あるいは映画に撮るべきものと思ってこなかった現実の女性の姿に改めて光をあてていたからだ。映画というフィクションが坂根の現実認識を変えたのだ。

[撮影:菅原康太]

[撮影:菅原康太]

ここでの坂根と映画との関係は、千枝子の溝口映画への恐れと対をなすものだ。『制服の処女』を観る直前、千枝子は坂根に対し、溝口の映画を見ると「銀幕の中に鏡の中の自分を見つけたような気がして」怖くなるのだと吐露していた。自分が映画のなかに吸い込まれて、溝口が演らせたい「強く逞しいのに、世の中に負けていく女」を演じさせられているような気がするのだと。映画の、フィクションのなかのネガティブな女性のイメージは、現実の千枝子という女性をも縛るものとして、つまりは現実への抑圧として機能していることがわかる。だからこそ、坂根の見出した新たな女性のイメージはよりいっそう重要である。

そうして坂根は『ダディ・ロング・レッグス』の脚本を書き上げる。だが溝口はその価値を認めない。溝口の撮る女は「いつも男から見た、愛欲の対象としての女だけ」だという坂根に対し「それが女を美しく見せるってことだろ?」と取りつく島もない溝口。結局、坂根の監督第一作は従来の溝口作品と同じような新派劇の脚本をもとにしたメロドラマ、しかも実質的には坂根の監督作とも言えないようなものにされてしまう。監督であるはずの坂根の周囲で溝口やスタッフらが「俺たちは女の味方(略)全て任せろ あなたは笑ってればいいさ」と歌い踊り、最終的には坂根を排除してしまう様子はグロテスクというほかない。

[撮影:菅原康太]

やがて坂根は溝口と決別し、監督として自らの作品を撮るために満州へと渡ることになる。満洲映画協会には文化映画の監督としての口があったからだ。さらに坂根には秘めたる野望があった。それは映画を通して理想の共同体を描くことだ。男と女が対等な、いまだ実現していない、現実のモデルとしての理想の共同体。『制服の処女』に新たな女性のイメージを見出した坂根は、今度は自ら理想の共同体を描くことで現実に働きかけようとする。

だが、坂根が利用したその機会は、どこまでいっても「五族共和」を掲げる満洲移民事業のための国策映画の枠内に収まるものでしかない。『開拓の花嫁』を通して坂根が描き出そうとした理想の共同体は、植民地支配の現実を抑圧したうえにしか成り立たないものだ。いまだ存在しない理想としての世界を描くことは今ある現実を隠蔽することと容易に通底してしまう。撮る側の権力は、かつて溝口の映画がそうであったように、撮られる側の現実を容易に歪め、あるいはなかったことにしてしまう。坂根は、国は違えど同じ女性として連帯しているつもりでいた助監督の中国人・包(内田靖子)からそのことを糾弾されることになるだろう。その先の物語はここには記さない。

[撮影:菅原康太]

[撮影:菅原康太]

劇団印象は2020年から22年にかけて展開した「国家と芸術家シリーズ」の成果を踏まえ、本作から「天井を打ち破ろうとする女シリーズ」を展開していくとのこと。今後の作品にも注目したい。なお、2026年の3月には「国家と芸術家シリーズ」の一作であり、『女性映画監督第一号』とも共通するテーマを扱っている『藤田嗣治~白い暗闇~』の再演も予定されている。ぜひ併せてチェックを。


観賞日:2025/02/10(月)


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劇団印象-indian elephant-『藤田嗣治〜白い暗闇〜』|山﨑健太:artscapeレビュー(2022年05月15日号)