artscapeレビュー

劇団印象-indian elephant-『藤田嗣治〜白い暗闇〜』

2022年05月15日号

会期:2022/03/26~2022/04/10(アンコール配信)

小劇場B1[東京都]

劇団印象-indian elephant-『藤田嗣治〜白い暗闇〜』(作・演出:鈴木アツト)が「国家と芸術家」シリーズの一作として2021年10月から11月にかけて上演された。劇団のTwitterによれば「国家と芸術家」シリーズは「第二次世界大戦時に国家という枠組みに翻弄された芸術家に注目。国家や国民により彼らの“自由”が縛られる姿を描く」もの。二度の映像配信も行なわれ(筆者は二度目の配信で視聴)、同作の戯曲は「令和3年度希望の大地の戯曲賞『北海道戯曲賞』の最終候補にもノミネートされた。

画家・藤田嗣治(間瀬英正)を描いた本作は藤田の渡仏前夜の1913年から1945年に至るまでの全10場で構成されている。フランスでの苦労と成功、「乳白色の肌」の技法を発見したことによる独自の画風の確立、帰国、戦争画の依頼、再びの渡仏と帰国、そして敗戦と戦争画家としての責任の追及。こうして場面を並べてみると一見したところ藤田の評伝のようだが、それにしてはあまりに欠落が多い。例えば、藤田の5人の妻のうち舞台に登場するのは5人目の妻となった君代(山村茉梨乃)だけ。「国家と芸術家」というテーマに関連するところでは従軍画家として過ごした1年のことも描かれない。一方、パリでのエピソードは渡航直後に出会った娼婦・ナタリア(廣田明代)や弟分の画家・村中青次(泉正太郎)との関係を中心に創作を交えて膨らませられている。このような選択は、無名の画家が異国の地で名声を得る過程と、日本を代表する画家が戦争画を描くことで自国に居場所をなくす過程とを対比させるためのものだろう。絵画という芸術によって居場所を獲得した画家は同じ絵画によって居場所を失うことになる。



だが、この作品のユニークさはほかにある。そのひとつは、舞台上に突如として数人の日本兵が登場する二度の場面だ。一度目は藤田が初めて戦争画を描かないかと打診されたとき。二度目は敗戦後、戦争画を描いた責任を追及されるかもしれないこと、そして弟子の画学生・山田(片村仁彦)が戦死していたことを告げられたとき。登場する日本兵の姿はいずれも藤田が幻視したものとして解釈することはできるものの、リアリズムを基調とする本作においてこの場面は異彩を放っている。

もうひとつは村中という人物を設定したこと。パリ時代の藤田の弟分として登場した村中は、藤田の帰国後もことあるごとに現われ、藤田との対話によってその内面の葛藤を表わす役割を果たす。藤田自身が「俺の影」と呼ぶように、村中はつまるところもうひとりの藤田なのだが、ではなぜ単なる分身ではなく村中という人物が造形される必要があったのだろうか。




そもそも村中がもうひとりの藤田となったのは、パリでくすぶっていた村中が、藤田の名前を利用して娼婦と懇ろになるために、おかっぱ頭にロイド眼鏡という藤田の出で立ちを真似たことがきっかけだった。しかしその特徴的な外見もまた、藤田が「絵を売るための、絵になる顔」として思いつき、自ら作り上げたイメージでしかない。その意味で「俺自身は、実体がないんだ」という村中の自嘲の言葉はどこまでも正しい。

だが、もうひとりの藤田としての村中の登場は予兆に過ぎない。つくり上げられたイメージはやがて作者の手を離れ、その制作意図とも離れたところで流通しはじめるだろう。そうして独り歩きをはじめたイメージはもはや実体のない影などではなく、現実に影響を及ぼす「リアル」となっていく。そういえば、一度目の日本兵たちはカンバスを通って現われたが、二度目の出現にカンバスは必要とされていなかった。絵画を通して、演劇を通して「観客」の眼前にリアライズされたイメージは、そのときすでに現実となっている。

最後に登場する場面で村中は、戦争犯罪人にされないためには焼いてしまった方がいいと藤田の戦争画を焼こうとする。「人に言われて描いた絵なんて、本物じゃないだろう?」「兄貴の戦争画は偽物の絵だ。兄貴は偽物の画家だったんだ」という言葉に激昂した藤田は思わず村中を刺すが、村中は死なない。生み出されたイメージは殺すことができない。村中は言う。「お前の戦争画は大衆の自画像だ。見ると、自分たちが戦争に酔っていたことに気づかされる」。だから戦争画は燃やされなければならないのだと。一方で村中はこうも言う。「描くことで、人類に見せつけるんだ。噴き出す血と共に蠢く歴史を」と。村中は藤田の眼前に日本兵たちを呼び出してみせる。絵の中の兵士は永遠に生き、あるいは殺され続ける。煉獄のようなその光景は戦後と呼ばれる、そしていつか戦前と呼ばれるかもしれない時間に宙づりになっている。



「国家と芸術家」シリーズの次作『ジョージ・オーウェル 沈黙の声』は6月8日(水)から12日(日)まで下北沢・駅前劇場での上演が予定されている。


劇団印象-indian elephant-:http://www.inzou.com/

2022/04/04(月)(山﨑健太)

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