会期:2025/01/17~2025/03/22
会場:ペロタン東京[東京都]
公式サイト:https://leaflet.perrotin.com/view/940/dusk
スウェーデン・ストックホルム出身の抽象画家シグリッド・サンドストロームは、ろうそくの淡い灯り、絶えず変化しつづける夕暮れ時、そして雲が太陽を覆い隠す一瞬など、光と影が溶け込む曖昧な領域を描写している。「Dusk」(夕暮れ)と題された本展の作品群は、光の微妙な移ろいとともにわずかな変容をみせる自然風景や一瞬の儚さを内包する情景を巧妙に捉えている。
速乾性のアクリルを主に用いるサンドストロームのペインティングは、重層的なコンポジションと偶然に生まれる色彩効果、大胆なキャンバスの余白が特徴である。温もりのある暖色と静謐さを感じさせる寒色を錯綜させ、キャンバスの地の目をかすかに覆う繊細かつ即興的な筆致。これは、画面内で奥行きを錯覚させるイリュージョンと共に、色彩の平面的な見え方に一種の違和感をもたらす。ブラシのストロークによる滲みや半円状の筆跡の積み重ねといった運動を伴う痕跡は、時間の流れと微妙な情感の変化を感じさせるかのようだ。さらに、ドロッピングやデカルコマニーといった技法を取り入れていることも注目に値する。絵画のなかに偶然性が取り込まれ、抽象と具象が画面内を往還するような視覚効果をもたらしている。
また本展で印象的だったのは、キャンバスの裏面をあえて正面に転換する《Amnesia》(2024)の手法である。これに類する手法として、《Borealis》(2024)では窓際に設置された作品が外光の作用によってその裏面を透かし見せている。ここでは、まるでスクリーンのように色彩が浮かび上がる感覚を覚えた。これらの作品は、光と影、表と裏など、表裏一体の関係性や痕跡を視覚的に積み重ねられているかのようでもあり、いわば形象そのものを知覚させる効果があった。窓を用いた展示構成については、ギャラリー内部での鑑賞体験だけでなく野外からの視点が同時に取り込まれており、環境や社会的背景が及ぼす影響を暗示させるようだとも言えるだろう。
一方で、ギャラリーの中央にあたる小部屋は照度が落とされている。どこか瞑想室に近い印象を与える雲の情景や補色関係にある色を重ねて色面を描く作品群は、無彩色や白を基調に構成され、観る者を内省に向かわせる。観る者を包み込むほどの強い光は──逆説的なことに──明るさではなく、情景に暗部を感じさせるような印象を与えている。
このようなサンドストロームの描画には、像を結びづらい曖昧な対象が光や色彩を通してキャンバス上に弱い印象をもたらすことで、観察や知覚のプロセス自体に創造の原点を見出させるような素朴な神秘性が宿っている。──観る、触れる、考えるといった行為を純粋に思考する場として、絵画がみごとに機能しているように感じられた。
鑑賞日:2025/02/15(土)