30周年ということで、artscapeの黎明期について、編集部総出で昔の資料をひっくり返しています。立ち上げの当初のスタッフはいまは残っておらず、かつてのスタッフの記憶も曖昧で……。特別編集委員の座談会で出てきた2冊の本が足掛かりになっていて、最初からデジタルメディアだったartscapeが、結局、記録を残している媒体は紙の本だったということに苦笑しています。

同時に、2025年らしく、AIで過去記事の全タイトル、執筆者、URL、サマリーなどを抽出してみたりしています。追って周年企画の記事のなかで紹介していくことができればと思っています。

さて、artscapeは最初から「artscape」だったわけではありません。アーカイブの「号数」をクリックして、さかのぼっていくと、初期は「nmp (network museum & magazine project)」であったことがわかります。しかし、前述の10周年のときに発行した『アートスケープ・クロニクル 1995-2005──アート、ネット、ミュージアム』をめくると、さらに細かい経緯が書いてあり、当初はアート情報サイトというより「ネットワーク・ミュージアム」そのものを構築することを目指していたようです。いま、入手することが困難なこの書に書かれている歴史を少しご紹介します。

まず最初に、美術評論家でNTTインターコミュニケーション・センターのコミッティもされていた伊藤俊治氏を中心として、「美術館メディア研究会」が立ち上げられたのが1993年11月。「作品の集積場としてだけではなく、情報の集積場としての美術館」の可能性について、学芸員、研究者、マスコミ関係者など30名近いメンバーが集い、大日本印刷ICC本部が事務局となって活動が開始したようです。1994年には展覧会と美術館を紹介する『美術館インフォメーション』(パイロット版)をCD-ROMで発行。ついで、美術館の基本情報を提供する「MIJ」というサイトを開設。さらに1996年のインターネット博覧会に大日本印刷が出展することになり、ようやく「nmp (network museum & magazine project)」が登場します。これらの黎明期については、いまも「アート・アーカイブ探求」を連載している影山幸一さんが同書のなかで書いています。

また、編集に参加していたトム・ヴィンセント氏の功もあり、海外に向けての発信にも積極的で、1996年には日本語版を翻訳した英語版があり、翌年7月以降は「nmp-I (international)」という海外版もありました(1999年6月で休止し、のちに英語版はアラン・グリースンさんを中心に「artscape Japan」として2006年に再出発するものの2022年で終了)。

その後、インターネットは世間一般に普及しはじめ、「実験」より実務的な「役にたつ」サイトが求められるようになり、1998年3月に「artscape」に名称が変わり、現在の記事、たとえば全国の学芸員による展覧会情報、ブログなどの記事がそろっていったようです。

というようなことをこの本に書いているのは、artscapeのかつてのウェブマスターであり、生き字引であった春木祐美子さんです。彼女は立ち上げ当初から関わっているスタッフだったのですが、2020年の夏、ご病気により逝去されました。編集会議では、過去の記事や出来事について話題が出ると、彼女から速攻で当時の事情や経緯の説明が返ってきました。いま、30周年を一番喜んでいるのは彼女に違いありません。晩年はご病気のせいもあってか、仕事はほとんどartscapeに絞っていたようです。しかしそれ以前は、たとえば水戸芸術館や金沢21世紀美術館などのオープン時に、ボランティアや友の会メンバーとして活発に活動していたそうです。

彼女が月に2回更新情報として編集していたメールニュースでは、文末に編集後記(「INTERMISSION:編集人のひとりごと。」)として、彼女が見た展覧会についての感想などがあり、それを楽しみにしていた読者も多くいました。春木さんによる「artscape news」は2019年10月23日(No.376)が最後で、「あいちトリエンナーレ2019」について書かれています。「行ってよかった」と。おそらくそれが春木さんが最後に見た美術展だったろうと思われます。春木さんのお仕事やアートに関わる活動については、本サイトにも寄稿していただいている坂口千秋さんと柘植響さんが主宰しているアートブログ「VOID Chicken Nuggets 2020年10月24日春木祐美子さん追悼号」に書かれています。まさにアートワーカーの鑑でした。30周年を迎えたいま、コロナ禍にひっそりと逝ってしまわれた春木さんについて記しておきたいと思いました。(f)