会期:2025/06/28~2025/11/03
会場:横浜美術館[神奈川県]
公式サイト:https://yokohama.art.museum/exhibition/202506_satomasahiko/

横浜美術館でメディアデザイナー・佐藤雅彦の歩みを紹介する「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」が開催された。80年代後半から90年代前半にかけてCMプランナーとして活躍し、その後はゲームやメディアアート、テレビ番組、教育へと活動の幅を広げていった佐藤の活動が一望できる展覧会となっている。佐藤自身が執筆した自伝的な側面を持つ図録と合わせると、制作の流れや思考をさらに追うことができる。

会場は三つの展示室を使って、広告とテレビとゲーム、ピタゴラスイッチ、佐藤研究室と教育を紹介し、展示室周辺のスペースに『勝手に広告』、そして鑑賞者が参加できる体験型の作品「指を置く」、《指紋の池》、《計算の庭》が展覧されていた。


「横浜美術館リニューアルオープン記念展 佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」展会場風景[筆者撮影]

電通時代の初期の仕事を紹介する最初の展示室では、CM作りの「ルール」と「トーン」の方法論を整理し、CM本編に加えて、解説動画を上映している★1。佐藤はこれまで折に触れて自身の制作方法を開示し、「作り方」や「分かり方」を他者と共有するということ自体に強い関心を寄せてきた。そのため本展でも、どのような考えに基づいてCMを作ったか、また学生との研究が表現へと至る過程を紹介している。近年発表された短編映像シリーズ『new Communications』(2022)は、「よく分からないけど、よく分かる」という体感をテーマに「分からない」ことへのアプローチも試みている。つまり佐藤は「分かる」にまつわる感覚を探求し、その共有に勤しんできた人物といえるが、彼の活動を追い、本展を鑑賞していても説明されない「分からなさ」がいくつかある。その点について述べてみたい。

 

リズムの謎

最初の展示室では佐藤が手がけたCM集が上映されている。その鑑賞をふまえて、佐藤がCMにおける音をどのように重視しているかを「モルツ」の実例とともに示す解説動画も横並びで紹介されている。解説動画では「モルツモルツモルツモルツ…」というBGMが流れるなか、ビール瓶や紙のサウンドエフェクトの扱い、BGMを無音にするタイミングなどが明かされるが、もともと佐藤のCMは一般にも「分かる」ように作られているため、そうした演出分析に難解さはない。むしろわからないのは「モルツモルツモルツモルツ…」、このリズムがどこから来たのか、このリズムは方法論によって創出可能か、という点である。

「スコーンスコーンコイケヤスコーン…」「ポリンキーポリンキー三角形の秘密はね…」といった音の原曲は佐藤が口ずさむなかから生まれたものだという。そしてCMの魅力となる核は、この旋律にあるのではないか。かつて佐藤が養老孟司と対談した際に広告コピーを作ったことがあるかを尋ねられ、バザールでござーるやJRのジャンジャカジャーンを紹介したところ、それはコピーでなくて単に音だと述べられ、佐藤自身も衝撃を受けたという話がある。佐藤CMに特有の、そして佐藤が発する音のリズムの「作り方」はあるのだろうか。

 

面白い問題の謎

第一展示室の奥には、佐藤が企画と制作に携わったプレイステーションのゲームソフト『I.Q』の資料が展示されている。ゲーム内のキューブはCGによるものだが、物理的なキューブが試作され、開発ノートとともに置かれている。質感検討のためにキューブを墨汁で着色するなど、広告美術の下地が窺える。

CM業界を出て、突然ゲームに参入した佐藤の奮闘には驚くばかりだが、ブロック消しのパズルゲームである本作の問題の「作り方」に苦戦したと過去のインタビューで語っている★2。各ステージの問題はプログラミングによって自動生成する予定だったが、出てきた問題のつまらなさから、最終的には佐藤が一つひとつをノートに自作していったという。面白い問題とそうでない問題の違い、そして面白い問題の「作り方」はあるのだろうか。


「横浜美術館リニューアルオープン記念展 佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」展にて[筆者撮影]

広告における主体の謎

本展は2階展示室の、普段は佐藤の部屋に貼ってあるという一枚のメモから始まる。電通のロゴが入った方眼紙の中心に「別のルールで物をつくろうと考えてる(んだ)」という★3、手書きの筆跡が見える。紙は日焼けし、文字はほとんど消えかかっている。用紙の下部には「物というのはモノにおきかえた方がいいかもしれない」「それは文章やデザインのことも指すから」ともある。佐藤がたびたび言及してきたこのメモは、ルールの「作り方」自体に関心があるという趣向を彼が自覚するきっかけになったもので、本展における最重要出品物とさえいえる。

このメモにある「物」に関わる佐藤の言葉に「本当は何がものを売っているのか、誰にも分からない」というのがある。この一文は1991年1月から雑誌「宣伝会議」に連載し、広告業界を目指す甥に向けてCM作りのルールを語る形式の「タカシへの返事」の最終回に含まれている。当時の佐藤が手がけていた広告の影響はすさまじく、実際にすごい量のものを売っていた彼は、この連載を閉じた数年後に広告業界を離れてしまう。佐藤はものを買わせる力を「見えない衣」とも言い換え、そのトーン作りに尽力してもいた。商品という具体的な「物」が、広告代理者によるイメージにくるまれて「モノ・もの」化するとき、私たちは何を相手取っているのだろうか。

というように、第一展示室をめぐるだけでも「分かる」と「分からない」のせめぎ合いが誘発される。佐藤研と教育の展示室で紹介されるように、後年の佐藤は数学など解のあるものの「分かり方」を映像によって視覚化し、文字ではなくイメージによる「分かる」の共有を推し進める。そして《指紋の池》などのメディアアートを通じては、パネルから指紋が吸い出され、自分の一部がどこかに泳いで行ってしまうのを眺める何とも言えない未知の「分からなさ」も鑑賞者から引き出している。

佐藤の活動領域は広告や教育など多岐にわたるが、「分かる」と「分からない」の整理と探求にある点は、初期のデザインワークから一貫している。佐藤が開拓したルールならぬルートは、ものごとを自分ごとにする考え方のロールモデルとして鑑賞者に開かれている。佐藤の活動をきっかけに生じた「分からなさ」を抱えながら、その正体に挑みたいとも思う。2029年にオープン予定という、佐藤の研究を常設する「富士山と海を見ながら考えるミュージアム―佐藤雅彦記念館―」の開館が待たれるばかりだ。

鑑賞日:2025/06/30(月)

★1──https://yokohama.art.museum/wp-content/uploads/2025/06/Theater1worklist.pdf
★2──https://blog.ja.playstation.com/2018/11/30/20181130-psclassic-iq/
★3──「考えてるんだ」の「んだ」は線で消されている。