はやいもので、京都市立芸術大学の新キャンパス移転から2年が経とうとしている。移転前後は、人に会うたびに「大変そうですね」と言われていたが、最近はそれが「そろそろ落ち着きましたか?」に変化してきた。たしかに、新しい建物への引越しという点では、それなりに「落ち着いた」とは言えるかもしれない。しかし、建物は人が使い続けることで育っていくものなので、ようやくスタート地点に立ったばかり、といったところだろうか。
風通しの良い、ひらかれた場として
京都市立芸術大学のウェブサイトでは、大学移転に関する主な経緯★1が公開されている。「移転基本コンセプト」(2015年8月)ならびにその改訂版(2017年1月)★2などの資料が示す通り、移転の計画を進めるなかで、移転後の大学のあり方についても長く議論がなされてきた。できあがった建物を見ると、設計者がこれらの資料を丁寧に読み込んで建築設計を行なったことがよくわかる。つまり、10年前に大学側が描いた、理想の大学像を実現するためのハコはすでに整っている、ということだ。それをどう使うのかは、わたしたちに委ねられている。
移転前はサテライト施設だった@KCUAは、昨年9月の「キュレーターズノート」でも書いたとおり、大学内の一組織でありつつも、ある意味で「外側」の存在、つまり「内なる外」であることを常に意識しておくべきだと考えている。ともすれば閉鎖的になりがちな大学のなかにあって、風通しが良く、ともに「考える」「つくる」「伝える」「育てる」「対話する」ことのできる場であり、学生にとっては、正規のカリキュラムでは学ぶことのできないものとの出会いの場であること。そのために、この新キャンパスをどのような場と捉えて活用していくのか。そうした思索から生まれていったのが、「Floating and Flowing──新しい生態系を育む「対話」のために」(2024/04/20-06/09)、「聞く/聴く:探究のふるまい」(2024/08/24-10/14)、「スキマをひらく」(2025/05/03-06/22)の3つの展覧会、「イヌ場」(2024/04-)、そして2025年の4月から「大学における芸術家等育成事業」(文化芸術振興費補助金)の助成を受けて実施している「TOPOS:まなびあう庭としての芸術大学」のプロジェクトである(上記のすべてのリンク先で記録写真・動画などのアーカイブを公開しているので、参照されたい)。
「スキマをひらく」展示風景 手前:乾久美子《小さな風景からの学び》(2011–2025)、左奥:副産物産店《ものの行方》(2025)[撮影:来田猛]
「TOPOS:まなびあう庭としての芸術大学」
「TOPOS:まなびあう庭としての芸術大学」は、3つのコアプログラム(A・B・C)と2つのレクチャープログラム(D・E)からなる。「A:生物多様性──人間以上/多元世界」では、昨年12月の「キュレーターズノート」にまとめた数年間の活動の延長線上にあるもので、ヒューマンスケールを超えた視点から物事を見つめ直すためのレクチャーやワークショップを実施中である。「B:共にいること──経験の共有」では、田中功起をファシリテーターとした野外映画祭/上映会を立ち上げるワークショップを進めている。「C:創造と場の『演出』」では、まずインストールの基本技術、企画から運営まで、展覧会にまつわるすべての技術を多様な角度から学ぶ。そして、金氏徹平のディレクションのもと、展覧会の搬入自体をパフォーマンスとするような形で参加者とともに「演出」する。「D:レクチャーシリーズ」「E:ラジオ・コモンズ」では、多様なゲスト講師によるレクチャーを開催している。
「A:生物多様性──人間以上/多元世界」レクチャー・フィールドワーク@東山地域(2025年5月24日実施)[撮影:来田猛]
「B:共にいること──経験の共有」レクチャー・ワークショップ #3(2025年7月19日実施)[撮影:吉本和樹]
「E:ラジオ・コモンズ」ラジオ・コモンズ #3 ゲスト:乾久美子(2025年6月10日実施)[撮影:吉本和樹]
原稿執筆時までに計21回のレクチャー・ワークショップが終了しているが、ここでは「C:創造と場の「演出」」の3回のワークショップに絞って紹介したい。
作品/空間/身体の関係性について考えるためのワークショップ
@KCUAの展示空間で行なった1回目のワークショップは、彫刻専攻教員の金氏徹平、版画専攻教員の田中栄子が大学の個人研究室で保管している作品ならびに版画専攻研究室の収蔵品などを教材に用いて、参加者にギャラリー空間での展示作業を体験してもらうという内容であった。
作業に入る前に、彫刻家の中ハシ克シゲによる、作品と空間との関わりをテーマとしたレクチャーを行なった。スライドで実例を示しながら、彫刻と台座(あるいは絵画と額縁)、そして空間との関係についてが、丁寧かつ真摯に語られていく。インスタレーションとは、たとえば複数のオブジェをいい感じに置いたようなものではない、その場の状況を変える力を持つもののことだ、という中ハシの言葉は、この後に続く展示作業のワークショップに適度な緊張感を与えるものだった。
そして、実際の展示作業を、課題に沿って段階を踏みながら実施していった。作った空間をあとで比較しやすいように、可動壁を使って展示室内にアートフェアの会場を彷彿とさせる4つの同じ形の空間が横並びになるように準備しておいた。まず、平面作品だけで空間を構成する課題からスタートした。インストーラーの池田精堂と筆者で、壁面に絵画をかける際に考えるべきことについて話し、設置に使用する工具の説明を行なったあと、参加者に作品と壁面の寸法を測って展示作業をしてもらった。絵画系専攻の参加者が少なかったこともあり、慣れない作業に手間取りながらも、協力しあって作業を進めていた。
「C:創造と場の『演出』」作品/空間/身体の関係性について考えるためのワークショップ #1(2025年6月28日実施)[撮影:吉本和樹]
「C:創造と場の『演出』」作品/空間/身体の関係性について考えるためのワークショップ #1(2025年6月28日実施)[撮影:吉本和樹]
次に、空間に平面・立体を取り混ぜた複数の作品を展示するという課題に進んだ。金氏徹平によるデモンストレーション展示を行なったあと、2つのグループに分かれて、展示する作品を選ぶところから空間に設置するまでを一連の課題として取り組んでもらった。できあがった空間を見ながら合評を行ない、最後に、美術家の石原友明による展示の歴史についてのレクチャーで一日を締め括った。
翌日に行なわれた2回目のワークショップでは、中ハシ克シゲのファシリテートのもと、大学敷地内の屋外のスペースならびに東本願寺の関連施設である重信会館(1930年築)という、まったく異なる2つの空間での作業を行なった。
午前中は、彫刻における力と時間について、塑像に使用している粘土と身体とを使って考えることを試みた。はじめに、各々10kgほどの粘土の塊をひとつ使って、形を作ってみる。そして、準備していた粘土の塊をすべて(800kgほど)学内で一番大きな通りであり、広場でもある「芸大通」に運んで、全員でひとつの形を作る。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、ついにはみんなで体当たりだ。とてもひとりではできない作業である。
「C:創造と場の『演出』」作品/空間/身体の関係性について考えるためのワークショップ #2(2025年6月29日実施)[撮影:吉本和樹]
「C:創造と場の『演出』」作品/空間/身体の関係性について考えるためのワークショップ #2(2025年6月29日実施)[撮影:吉本和樹]
午後の会場となった重信会館は、大谷大学に通う学生たちの寮として長く使用されてきた洋風建築で、老朽化が進んだこともあり2000年度末に閉寮、その後は主に倉庫となって人の出入りのほとんどない状態であったという。外観が蔦に覆われたアール・デコ調の建物には、そこに積み重ねられてきた時間と痕跡とが織りなす、物語性の強い重層的な空間が広がっている。このなかで、気になった場所を写真に撮り、それをプリントアウトして、空間をどのように使うかのアイデアを書き込むという課題に取り組んでもらった。
重信会館には事前に3回の下見を行なっていたのだが、うち1回は新キャンパスの設計者の代表者である建築家の乾久美子に同行してもらっていた。ここで建築を学ぶ人対象のワークショップを行なうとすると、まず何から始めるかと尋ねたところ、即「掃除」との答えが返ってきた。その建築を知るには、まず掃除から、だそうだ。それで、掃除道具をたくさん準備して当日に臨んだ。しかし、ワークショップの参加者たちはみな、塵や埃の積もった状態はそのままに、現状の空間に寄り添うかたちで思考を重ねたようだった。
「C:創造と場の『演出』」作品/空間/身体の関係性について考えるためのワークショップ #2(2025年6月29日実施)[撮影:吉本和樹]
「C:創造と場の『演出』」作品/空間/身体の関係性について考えるためのワークショップ #2(2025年6月29日実施)[撮影:吉本和樹]
その様子から、わたしは2015年に実施した移転整備プレ事業「still moving」(2015/03/7-05/10)のことを思い出していた。当時、すでに閉校していた元崇仁小学校の建物を主な会場として行なった最初の展覧会だった。会場構成を担った建築家の長坂常により、教室と廊下の床のうち展示で使用する部分のすべての表層を削り取り、ホワイト・キューブの壁面のように情報量の少ない状態にして、その上の空間を展示作品さながらに浮かび上がらせるという演出がなされた。床に色濃く残された時間と痕跡を物理的に「消去」する、という大胆な発想にとても驚いたのを覚えている。もちろん、掃除と削るのでは大きな違いがあるが、古い空間を構成するもののうち、何に価値を見出し、どのように活用するのかという点で、建築と美術とでは考え方が大きく異なる場合がある、ということを再認識したのだった。
「still moving」元崇仁小学校での展示風景[撮影:来田猛]
(奥の木床、手前のコンクリート床ともに研磨している)
3回目のワークショップは、舞台芸術の作品上演のための設備をもつ、黒い壁面の空間である多目的ギャラリーで実施した。「C:創造と場の『演出』」のプログラムの中盤からは、金氏徹平「tower(UNIVERSITY)」(仮)(2025/12/13-2026/02/15実施予定)の展覧会をつくる過程自体をパフォーマンスとし、記録撮影して作品化することから「演出」のあり方を学ぶ。このワークショップは、今後の展開に向けてのウォーミングアップとして、金氏が舞台作品で実際に使用してきた小道具を用いて行なわれた。
冒頭で金氏は、2017年にロームシアター京都で上演されたパフォーマンス作品『tower(THEATER)』の制作過程について語った。照明や音響、撮影する人など、通常「裏方」である人々に衣装を着てもらうなど、表と裏の役割が反転していく状況をつくることからはじめたという。展覧会をつくっていく過程には運搬、会場設営、作品設置、照明や音響の設置や調整などのさまざまな作業があるが、そういったもののどこからどこを切り取ったら作品になりうるのか、ボーダーラインを変えることで見え方が変わるのかということをこれから考えていくことになる。そこで今回のワークショップでは、この場所に準備されたさまざまな小道具や照明、カメラ、プロジェクターなどを用いて、作業をパフォーマンス化するための実験を行なう、との説明がなされた。
そして、ここに何が準備されているのかを全員で見回っていくうちに、会場の天井照明が落とされる。すると、今回の講師であるcontact Gonzoのメンバー、荒木優光だけでなく、参加者も徐々に動き始めた。特別な仕掛けがあったわけではない。ただ、黒い壁面に囲まれた部屋が暗転しただけで、一瞬にして非日常空間と化したのだ。
空間のあちこちで、各々が思い思いに物を運んだり、即興的なコラージュで構造物を作り上げたりしている。最初は小道具の整理や機材の確認などの作業をしていたスタッフも、いつの間にかそれを使って何かする方に転じてしまったようだ。ふいに、誰かがどこかに光を当てると、暗闇のなかにまた別の誰かの姿が浮かび上がる。不思議なことに、全員が楽しそうに飽きることなく延々と動き続けていた。そうして、シナリオのないパフォーマンスが、2時間延々と行なわれたのだった。特に何の指示をしたわけでもなく、自然にこのような状態が生まれたことについては、金氏自身も驚いていたほどだ。ほんの少しのきっかけがあれば、ものの見え方は変わり、役割の反転も可能だということを実感できたという意味で、この実験は大成功だったと言えるだろう。
「C:創造と場の『演出』」作品/空間/身体の関係性について考えるためのワークショップ #3(2025年8月10日実施)[撮影:吉本和樹]
「C:創造と場の『演出』」作品/空間/身体の関係性について考えるためのワークショップ #3(2025年8月10日実施)[撮影:吉本和樹]
「C:創造と場の『演出』」作品/空間/身体の関係性について考えるためのワークショップ #3(2025年8月10日実施)[撮影:吉本和樹]
こうして、それぞれまったく異なる4種類の空間を使ったワークショップが終了した。その場にいるすべての人にとって何らかの発見や学びがある「まなびあい」の場として、この新しいキャンパスは可能性に満ちている。まだプロジェクトの途中で、わたし自身も「まなびあい」の一員でもあるので、いまここに何らかの結論を書くことはできないが、とりあえずワクワクすることをいっぱいやっている、ということはお伝えできただろうか。日々そんな感じなので、何らかの発見に触発されて新しい何かを思いついては(脱線して)動き出し、同時並行で複数のプロジェクトを走らせているのが常だ。わたしが「落ち着く」のは、どうやらまだまだ先のことのようである。
★1──京都市立芸術大学「大学移転・主な経緯」https://www.kcua.ac.jp/profile/iten/progress/(最終閲覧日:2025年8月21日)
★2──当時の学長だった鷲田清一と、大学の将来構想に関わっていた教員とでまとめあげられたもの。現学長である小山田徹もその一員であった。