寺田健人《the gunshot still echoes – remains of sweetness》
[©Kento Terada/Courtesy of Yumiko Chiba Associates]

会期:2025/07/29〜2025/09/20
会場:Yumiko Chiba Associates[東京都]
公式サイト:https://ycassociates.co.jp/exhibitions/2025/07/19/2770/

沖縄に残る戦争の痕跡を写した寺田健人の作品を観ながら、私の脳裏にはmaintainという単語が浮かんでいた。維持すること。保全すること。記憶も痕跡も風化を逃れることはできない。だからこそ、それらを維持し継承していくためには不断の手入れが必要なのだ。展示されていた作品群には、戦争の痕跡それ自体とともに、戦争の記憶に触れ、それを自分なりのかたちで残そうとする寺田自身の手つきまでもが写し出されていた。

Yumiko Chiba Associatesによる展覧会シリーズ「写真を問う」のpart2として開催された寺田健人「聞こえないように、見えないように」は、「寺田の出身地である沖縄にいまも残る戦争の記憶をたどりながら制作された写真と版画による作品」からなる展覧会だ。だが、会場に入ってまず目に入るのは、ひと抱えほどもある透明な球形のジャーに収められた無数の薬莢である。ほとんどが鈍く燻んだ色に変色しているなか、中央あたりにひとつだけ金色を留めている薬莢が目を引く。薬莢の上には黄色い長方形の紙を何枚も重ねたものが置かれ、紙にはエンボス加工のように硬貨大の円形の窪みが規則正しく並んでいる。作品のタイトルは《uchikabi for militarism》。作品と向き合うような位置に貼り出されたアーティストステートメントによれば、「うちかび」とは死者に手向けられる冥銭めいせんと呼ばれる副葬品の一種らしい。戦後、機械によるエンボス加工が困難だった時期には薬莢を使って「うちかび」を作っていたこともあるのだという。伝統をつなぎ死者を供養するためとはいえ、それに薬莢を使わざるを得なかったことへの葛藤を思わずにはいられない。だが一方で、《uchikabi for militarism》ではそうして作られた「うちかび」が薬莢へと、そしてそれが象徴する軍国主義へと手向けられている。

寺田健人《uchikabi for militarism》[©Kento Terada/Courtesy of Yumiko Chiba Associates]

今回の展示のメインとなっていたのは「街に残された弾痕のイメージをリトグラフとして刷り上げた」という《the gunshot still echoes》シリーズの7点。モノクロで写し出された煉瓦造りの煙突や打ち捨てられた工場と思しきもの、あるいは鳥居や狛犬などはいずれもその一部が欠けており、そこには金継ぎのような「補修」が施されている。その素材が「現在も米軍から放出されている銃弾の薬莢」であることはアーティストステートメントから知れるのだが、そうでなくとも《uchikabi for militarism》で唯一輝きを放っていた薬莢の色からそれを連想するのは自然なことだっただろう。《uchikabi for militarism》において薬莢を冥銭へと変換することで軍国主義への手向けとしたように、ここでは死と破壊をもたらした銃弾の抜け殻たる薬莢が(イメージのなかでではあるが)弾痕を埋め、同時にその輪郭を際立たせる役割を果たしている。

寺田健人《the gunshot still echoes – what was borrowed, never returned》[©Kento Terada/Courtesy of Yumiko Chiba Associates]

寺田健人《the gunshot still echoes – silence beneath the arch》[©Kento Terada/Courtesy of Yumiko Chiba Associates]

寺田健人《the gunshot still echoes – sugar under rubble》[©Kento Terada/Courtesy of Yumiko Chiba Associates]

リトグラフという手法、刷り上げの工程と「補修」のプロセスは、現在に刻まれた過去に触れ、それをイメージとして定着させようとする作家の手つきそのものをも画面上に定着させることになるだろう。さらに、《uchikabi for militarism》のジャーの中で色を燻ませたほかの多くの薬莢は、鑑賞者に《the gunshot still echoes》シリーズの経年変化を予感させることになる。《the gunshot still echoes》においては記憶や痕跡はもちろん、作品ですら不変のイメージを留めるものではないということがあからさまに示されているのだ。

展示風景[©Kento Terada/Courtesy of Yumiko Chiba Associates]

展示されていた最後の作品は《okinawan silence》と題された大判の写真2点。どちらも何もない草原を写したものと言えなくもない写真で、一方は画面中央奥に20個ほどのフレコンバッグと思しきものが、もう一方はこんもりと盛り上がった丘のようなものが写し出されている。ほかの作品から、これらの風景もまた何かしらの戦争遺構であるだろうということは推察できるものの、それが何であるかを伝えるヒントは画面の中にはない。寺田に確認したところ、これらの写真はやはり沖縄の戦争遺構を写したもので、何もない風景のように見えるのは、遺構を維持するために絶え間ない手入れがなされているからだということだった。画面に写るフレコンバッグには、維持管理のために刈られた雑草が詰め込まれているのだという。その意味では《okinawan silence》シリーズもまた、記憶と痕跡を留めようとする、しかしそれゆえにときに不可視のものとなってしまう手つきを写した作品と言えるだろう。

展示風景[©Kento Terada/Courtesy of Yumiko Chiba Associates]

展示はYumiko Chiba Associatesにて9月20日(土)まで。なお、寺田はこのあと、東京都写真美術館の総合開館30周年記念として9月30日(火)から2026年1月7日(水)まで開催される「遠い窓へ 日本の新進作家 vol. 22」での展示も控えている。こちらでは今回の展示とはまた異なる寺田の作家としての一面が見られるだろう。ぜひ合わせてチェックを。

鑑賞日:2025/08/02(土)

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