2022年11月15日号
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artscapeレビュー

寺田健人「想像上の妻と娘にケーキを買って帰る」

2022年06月01日号

会期:2022/05/20~2022/06/05

BankART KAIKO[神奈川県]

家族とは、父親とは何か。写真作家・寺田健人による「想像上の妻と娘にケーキを買って帰る」は、寺田自身が「『普通』の『規範的』な家族を持つ父親を演じ、一人で」撮った家族写真を中心に構成されている。なるほど、あたかも誰かと手をつないでいるかのような立ち姿でシンデレラ城の前にひとり立つ寺田を写した《夢の国》と題された写真ではじまるこの展示において、寺田は確かに一見したところ「『普通』の『規範的』な」父親を演じているように見える。そこに「家族」の姿はないが、《夢の国》の隣に幼少の頃の寺田自身と家族を写したと思われる一連の写真が置かれていることもあり、鑑賞者は寺田ひとりを写した写真の空白部分に、まずは自然と「『普通』の『規範的』な家族」の姿を想像するだろう。そうして想像される家族像は寺田の演じる「『普通』の『規範的』な」父親像と互いを補完し合うものだ。しかし、その想像の妥当性は展示を観進めるうちに揺らいでいくことになる。


[撮影:寺田健人]


(間に絵画作品を挟んで)寺田自身の家族写真に続くのは《泡風呂、やんちゃな娘》《公園、娘》《ピクニック、妻、娘》の3枚。《泡風呂、やんちゃな娘》の隣に《父とあたしのバスタイム》と題された寺田と父の入浴を写したらしい写真が並んでいることもあり、「『普通』の『規範的』な家族」像はここでさらに補強される。だが、それらが展示された壁面の手前に置かれた映像作品《パパごと、ママごと、むすめごと》を見た後で再び《泡風呂、やんちゃな娘》に目を向けてみれば、そこに「父親」の枠内に収まりきらない何かが写ってしまっていることはほとんど明らかなように思える。

タイトルも秀逸な《パパごと、ママごと、むすめごと》。そこに映し出される寺田もまた、写真作品と同じように父親を演じているように最初は見える。だが、やがて寺田が口紅やマニキュアを塗っている場面が映し出され(しかもその周囲には女児向けの玩具らしきものが転がっていたりもする)、鑑賞者は自身の想像に修正を迫られる。寺田はタイトルの通り母親と娘も演じているのだろうか。しかし口紅を塗る寺田は男物のスーツを着てもいる。ならば父親や母親の真似をしている娘を演じているということか。などと考えてみるが、もちろん父親が口紅を塗ってもいいし母親が男物のスーツを着ていてもいい。女児向けとされている玩具で男児が遊んだっていいのである。多様に開かれているべきなのは映像の解釈ではなく、現実を生きる人間のあり方のはずなのだ。映像が映し出されているのがブラウン管テレビだというのも批評的だ。そこではリビングの中心に置かれステレオタイプの形成に大きく寄与してきたメディアを通してステレオタイプを揺さぶることが目論まれている。


[撮影:寺田健人]


さて、《パパごと、ママごと、むすめごと》から再び《泡風呂、やんちゃな娘》に目を向けると、そこに写っているのは泡だらけの浴槽に入り、飛沫を避けるようなポーズで目をつぶった寺田の裸体だ。その表情や頭に乗せた泡、浴槽の縁に置かれたアヒルのおもちゃはいささか、いや、かなり「あざとい」。一旦それに気づいてしまえば、タイトルにある「やんちゃな娘」は寺田自身のことのように思えてくる。そういえば、作品タイトルに含まれる一人称には「僕」と「あたし」で揺れがあるのだった。


[撮影:寺田健人]


その向かいの壁面に置かれた《パパのお祈り》《パパのプロレス》《パパはトランクス派》の3枚も奇妙な写真だ。いずれも顔が写っていない盗撮風の写真で《お祈り》は男が便器に座る姿を、《プロレス》はベッドの上で上半身裸の背中が何かにのしかかっているような姿を、《トランクス派》は脱衣所で下着姿でいるところを捉えている。顔がないのはそれらが父親から逸脱した瞬間だからだろうか。写真自体には「父親」を示す記号はどこにもない。どこかゲイ向けのポルノのような趣もある、と思ったら、これらの写真のフレームにはまるでこびりついた欲望のように無数の目玉のシールが貼り付けられていた。


[撮影:寺田健人]


その隣には展示タイトルにもなっている、ケーキを買って帰宅した父親を演じる寺田を写した《ただいま》シリーズの3枚(とその絵画版とでも言うべき《くまさんのただいま》)が並ぶ。だが、ここまで展示を見れば、そのステレオタイプな父親像がほとんど何も意味してはいないことが明らかだ。ケーキを掲げた寺田が笑顔を向ける先にいるのは妻と娘であるとは限らない。たとえそこに写っているのが実在の「規範的な父親」だったとて、家族が規範的であるとも限らないしその必要もない。むしろ、現実の「父親」が無批判に「規範的な父親」をなぞるならば、その家族は形骸化の危機にさらされているとさえ言えるだろう。そこにある批評的なまなざしはもちろん、家族かくあるべしという規範を個々人の生き方に押しつけようとする社会の制度にも向けられている。

今回の個展は「BankART Under 35 2022」の一環としてBankART KAIKOで6月5日(日)まで開催されている(熊谷卓哉の個展と同時開催)。


BankART Under35 2022:http://www.bankart1929.com/bank2022/pdf/u35_2022.pdf

2022/05/26(木)(山﨑健太)

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