所在地:千葉県松戸市本町15-4 ハマトモビル
公式サイト:https://www.paradiseair.info/
※イベント時以外は一般公開されていません。最新情報は公式サイト、SNSをご参照ください。
ある日の食事の様子。その時々に集まった人で食事に行くが、必ずしも全員揃うわけではない。アーティストもコーディネーターも入居者も、それぞれの予定がある[筆者撮影]
(前編より)
直近の「ロングステイ・プログラム」を経験したワンタニー・シリパッタナーナンタクーンとキラルの2名は展示形式の発表を行なったが、それは「作品」の完成を示すものではない。ただ、現地、つまり日本の千葉県松戸市を一時的に拠点にしなければできないことに二人は取り組み、その決して短くはない経験を松戸から持ち出す準備をしていた。ワンタニーの空き家にまつわる家族のナラティブや地域史を探る映像作品も、キラルのパチンコを起点に人が膨らませるイマジネーションに関する台本/プロットも、どちらもこれから制作が継続されるものだ。いずれ「作品」を完成させて、日本で展示ができたらという言葉も聞かれた。AIRの期間は定められていても、作家の制作に期限はない。
滞在期間中にアーティストの成果を求めない、というあり方をAIRで実現・維持するのは、想像以上に難しい。公的な助成金や民間の支援、地域との連携、AIRの運営ははっきりと社会がつながっている。企画書やプレゼンテーション、日常的な立ち話まで、さまざまなコミュニケーションを通じて場所は存続されている。成果を語ることはときに駆け引きとして必要とされることもある。それがアーティストに内面化されてしまい滞在制作が忙しないものになっていることも少なくない。筆者もまた、滞在期間を始点に期限のない制作に取り組めたこともあるし、短期間にリサーチから「作品」発表まで行なったこともある。まったくの内発だけでも、外圧だけでも作ることはできない。アーティストも、AIRも、それぞれ内外の力によってせめぎ合う。
だから、PARADISE AIRにおいては、その人の存在を外部へ伝えることに力が割かれている。そして、そこに居る人たちがつねに複数人であることが重視されている。
PARADISE AIRのサイトのPEOPLEというタブを閲覧すると、現在滞在中のアーティスト、これから滞在予定のアーティスト、これまで滞在してきたアーティストが閲覧できるようになっている。さまざまなSNSが用いられている現在、ホームページを最新状態に更新し続け、広報と記録の両面を担わせていることは新鮮に感じられる。このページを見れば、PARADISE AIRがなければ同居人になりえなかったはずのアーティストたちが居並んでいる。アーティストの組み合わせによって、コミュニティのようになることもあるし、個々人が粛々と活動していることもある。PARADISE AIRの雰囲気は、その時々で異なっている。
コーディネーターたちがそれぞれに作品制作など個別の実践を重ねていることも重要だ。コーディネーターは常駐せず、週1のアーティストミーティングを軸に関わり、チャットアプリを用いたカジュアルなやりとりを行ないながら、フィールドワークやリサーチに適宜同行する。担当者は流動的で、コーディネーターそれぞれの実践とPARADISE AIRでの仕事は入り乱れているし、そのことがアーティストにも伝わる。この距離感や支え方がPARADISE AIRとほかのAIRを大きく異なるものにしている。
筆者はアーティストたちと一緒に食事を取ったり、キッチンで起き抜けに出会うこともある。駅の近くで偶然会って立ち話をするときもある。同じようなことが滞在するアーティスト同士にも、コーディネーターとの間にも起きている。だが多くの場合、アーティスト同士は互いの「作品」を実際に見たことはない。だから私たちはそれぞれのペースで話し合うし、オープンスタジオや、日常的な制作行為やリサーチを通じて、「作品」として囲われていないその人の実践を目にする。「作品」は重要だが、アーティストのすべてではない。それぞれ、切り出しえない人生や場所の記憶とともにその人は存在している。それを持ち寄ることがAIRでは起きている。だから、「作品」を特権化せず、集まってお互いの話をすることがPARADISE AIRのの活動のベースにある。
移動したいという意思を疎外する要因はなくなっていくべきだが、現状、移動を巡る格差や不平等はまだまだなくならない。AIRという仕組みがまだ開かれていない人たちもいる。だが構造や制度の更新を目指しながら、いま現にある仕組みから何かを始めたいと思うとき、PARADISE AIRにアクセスすることはひとつの答えになるかもしれない★3。「作品」から離れて話し合うことは、滞在アーティストだけのものではない。美術館でも学校でも、個人のアトリエでもないこの場所でしかできない話がある。では、ここを訪ねられない人はどうしたらいいのか? この場所、PARADISE AIRもまた人の集まりである。PARADISE AIRに来れなかったら、ここに居た人の言葉をオンラインでで聞くなり、読むなりすることからでもよいはずだ。
いつまでPARADISE AIRがあるかはわからないが、いますぐ訪れなければと焦らなくてもよいと思えるのは、ここに確かに大勢がいて、そのときどきの集まりが確かな存在感を持つ場所になってきたと、伝わっているからかもしれない。
★3──PARADISE AIRでは、施設の建物のつくりに由来するアクセシビリティの低さがあることは書き添えておく。松戸駅至近の立地で交通アクセスは良いものの、建物内のエレベーターを利用することはできず、階段でしか訪問することができない。だが、コーディネーターたちは個別の相談に応じながら滞在や見学の準備をするだろう。制度更新の努力とともに、現場調整は今後も続けられる。前例がないとしても、ぜひコンタクトしてみてほしい。
滞在日:2023/05~
※筆者は同施設にスタジオを構えている