今回のキュレーターズノートでは国立国際美術館/京都国立近代美術館研究員の橋本梓氏が、韓国教育財団主催のキュレーター向けワークショップへの参加経験を綴ってくれた。滞在中、橋本氏は今年5月に開館した韓国初の公立写真美術館であるソウル市立写真美術館(Photo SeMA)と、2005年に移転・リニューアルオープンした国立中央博物館を初めて訪れた。Photo SeMAでは、AIがアーカイヴに大胆に介入するインタラクティブな作品や、韓国写真史を再考する企画展に触れ、国立中央博物館では、AIを用いた歴史の表象に言及している。本稿は、韓国の美術館におけるAI生成技術の活用事例や、歴史を再解釈する展示を通じて、現代美術の現場が直面する新たな問いを提示する内容となっている。(artscape編集部)

先月、韓国教育財団(Korea Foundation)主催のキュレーターを対象とした5日間のワークショップに参加する機会を得た。同財団は、韓国政府の外交部(日本でいうところの外務省)の傘下機関として1991年に設立された。「韓国に対する正しい認識と理解を促進し、多様な国際交流活動を通じて国際社会における善意と友情を高めること」★1を目的としている。日本における国際交流基金と制度的にもミッションとしても類似しており、組織づくりの面で参考にしたというコメントが聞かれた。国際交流基金は1972年に外務省所管の特殊法人として設立され、2003年に独立行政法人化した。

主に現代美術を専門としたキュレーター対象のこのワークショップは、年に一度の開催でこれまでに30回以上開催されている。参加は招待制で、今回は全員で13名。アジア地域からの参加は、ナショナル・ギャラリー・シンガポールのシニア・キュレーターと筆者のみだった。

ワークショップは韓国で最大規模になるアート・フェア、Frieze Seoul終了直後の日程であったため、参加者の多数は前乗りし、今年で四度目を迎えるFrieze SeoulやKiaf Seoul(2002年開始のアート・フェア。現在はFriezeの会場があるコンベンション・センターCOEXで同時期に開催)を訪れたり、ワークショップ内で訪問予定のない展覧会の調査を行なった。ワークショップの内容はというと、20世紀以後の韓国美術史についての講義(研究者らによる)、スタジオ・ビジット(イ・ブル、キム・アヨン、ヂョン・ヨンドゥ)、美術館などのサイト・ビジットや、ローカル・キュレーターとのネットワーキングのためのセッションで構成されていた。

余談だが、欧米の某有名美術館のキュレーターたちでさえも、とりわけパンデミック以後は出張予算の工面に四苦八苦している。仕事で宿泊するにはギリギリのクオリティのホテルに泊まったり、食費を切り詰めたりしていて、本来の仕事と別の部分で苦労を強いられている。そんな我々にとって、韓国教育財団が開催する今回のワークショップは、参加者がプログラムやリサーチに専念できるようにさまざまに配慮され、この点について参加者は一様に賞賛と感謝を口にしていた。ちょうどワークショップ開始頃に目にしたニュースによれば、2026年度の韓国の文化体育観光部の予算は、全体として今年度から10%増、そのなかでも文化芸術部門は10.8%増の2兆6388億ウォン(約2640億円)とのこと★2。先に記した通り、韓国教育財団は文化体育観光部とは制度的に別の組織だが、韓国が文化に支出する予算規模の大きさには目を見張るものがある。ワークショップの終わりには、2026年から2028年にかけて同財団が国外の美術館向けに行なう助成が案内され、また国外の美術館における韓国美術キュレーター職の創設助成という新規プロジェクトについてもぜひ利用して欲しいと説明があった。東アジア地域では群を抜く規模感と機動力、制度設計をブラッシュアップしていく若いスタッフたちの優秀な仕事ぶりが強く印象に残るワークショップであった。

さてたびたび調査に訪れている韓国だが、今回滞在中に初めて足を運ぶ美術館が二つあったので記しておきたい。ひとつは今年5月29日に開館した韓国国内初の公立写真美術館であるソウル市立写真美術館(Photo SeMA)、もうひとつは、国立中央博物館である。こちらはそもそも1915年に設立された朝鮮総督府博物館にルーツがあり、日本からの独立を果たした1945年の12月に開館した。

Photo SeMA


Photo SeMA外観[筆者撮影]

韓国の写真及び関連資料の収集と展示を目的とするPhoto SeMAは、ソウル特別市の北東部、再開発の途上にあるベッドタウンのチャンドンに新たに建設された。市内中心部からは公共交通機関を使っておよそ30~40分の距離である。チャンドンには国立現代美術館のレジデンシーもあり、Photo SeMAの隣には昨年開館したばかりのソウルロボット人工知能科学館(RAIM)がある。SeMA(ソウル市立美術館)は全部で七つのブランチがあるが、ソウル市立北ソウル美術館までタクシーなら10分ほどという距離だ。入館料はすべてのSeMAで無料である。

建築はコンペで決定されたオーストリアのムラデン・ヤドリッチ(Mladen Jadrić)と韓国の ユン・グンジュが共同で設計を手がけた。黒とグレーを基調にした建物で、傾斜のついた展示室の既存壁が特徴的である。ファサードはボーダー状に多数の層が重なったような構成となっており、日照の変化により黒から灰色の間で色調が移ろうように見える。これは写真が光と時間を捉えるあり方を建築的に体現したものだという。開架のライブラリーのほか、暗室設備がある点は特筆すべきである。展示室面積は合計で1800平米あり、美術館の開館記念として二つの展覧会が開催されていた。

10年かけて開館したPhoto SeMAの準備と設立そのものを主題とした展覧会「Storage Story」は、6人の作家(ソ・ドンシン、ウォン・スンウォン、チョン・ジヒョン、チュ・ヨンソン、チョン・メルメル、オ・ジュヨン)とのコミッション(受注制作)を含む展覧会である。「素材(Material)」「記録(Record)」「情報(Information)」といったキーワードを参照しながら、チャンドンのローカルな歴史や、美術館の建設現場、美術館で用いられるさまざまな素材を主題とした写真作品などが展示された。美術館がStore(収蔵・保管)するのは何か、それは何に資するのかという問いを内包した、新たに設立された美術館の存在そのものについての思索を促す内容であった。

新規性という点で印象に残ったのは、写真美術館がアーカイヴする大量のイメージにAIが大胆に介入することでもたらされる可能性を、インタラクティヴな作品として提示してみせたオ・ジュヨンの仕事である。ディープリサーチや生成技術を用いて、写真がそもそも持つ「アウラ」を復元する《Methodology of the AI Photo Restorer》や、来館者が3点の画像を選びボタンを押すと、AIがリアルタイムでその選択を解釈して解説してくれる《Machine Appreciation System》は、テクノロジーやエンジニアリングがアートにもたらす新しい領域とその限界を同時に表わすものであった。

もうひとつの展覧会は「THE RADIANCE: BEGINNINGS OF KOREAN ART PHOTOGRAPHY」で、「韓国において写真が芸術として確立するまでの道のりを探求する」ことを目的とした本展について、企画担当のソン・ヒョンジョンはこのワークショップのプログラムとして講義を行なった。ソンは講義の冒頭で、韓国における写真史は、植民地化、戦争(第二次世界大戦、朝鮮戦争)、近代化という契機が単線的な語りを不可能にしていると述べたうえで、記録性/芸術性、レアリスム/モダニズム、制度/個人(主体)といった緊張関係に着目して5名の作家(チョン・ヘチャン、イム・ソクチェ、イ・ヒョンロク 、チョ・ヒョンドゥ 、パク・ヨンスク )を取り上げた。韓国の公立美術館としては、1978年に国立現代美術館が出版したチェ・インジンらによる『韓国現代美術史』以来、写真史を再考する機会になったのが本展であるとのことだった。

たとえば、日本でも1990年代以後の作品を中心に紹介されてきたパク・ヨンスクは、写真家としてまたフェミニストとしても重要な人物だが、本展ではPhoto SeMAが行なった調査と収集の過程で発見された1950年代から1960年代の作品(モダンプリント)がまとめて展示されており、興味深かった。女性をモデルとしたこれらの初期写真には、実験的な取り組みとともに、のちに花開く作家の眼差しが既に内包されている。余白が多いように見える構図は広告写真として用いられたものである点など、調査の結果が示された充実の展示であった。

国立中央博物館

2005年にヨンサンに移転・リニューアルオープンした国立中央博物館は、アジアでも最大級の敷地面積・展示面積を誇る巨大な博物館である。韓国およびアジア地域の考古・歴史・美術などの作品資料を所蔵・展示しており、常に1万点近くが展示されているとのこと(所蔵は40万点以上)。入場料は無料である。2020年にYouTubeが企画したBTSの「DEAR CLASS OF 2020」のロケ地としても有名となり、2024年にはHYBEとコラボレーションでミュージアム・グッズを制作するなどして、入館者数は379万人に上ったと報じられている。この博物館はワークショップのツアーに含まれており訪れた。現代美術に関連する展示がほぼないこともあって筆者はこれまで一度も訪れたことがなく、韓国に何度か調査に来たことがあるという他のキュレーターたちも、実は初めて来たという者ばかりだった。


「The Radiant Strides, Moving the World」展[筆者撮影]

圧巻のボリュームの常設展示もさることながら、小規模だが力強い展示が印象に残った。ひとつは「The Radiant Strides, Moving the World」と題された展示である。1936年ベルリンオリンピック男子マラソンで金メダル(当時のオリンピック新記録)を獲得した陸上選手、ソン・ギジョンの業績を讃える内容だ。ソンは日本統治時代に韓国人の誇りを世界に表明した人物として名高く、ソウルには記念館もある。ソンは署名を行なう時に必ず韓国語を用い、授賞式ではユニフォームの日の丸を胸に抱いた樫の木で隠したというエピソード、韓国の新聞社はソンのランニング・シャツから日の丸を消す加工をして報じたエピソードなどが、ゆかりの品と共に展示でも紹介されている。

もうひとつは「Faces We Meet Anew(新たに出会う顔)」と題された小展示で、日本の統治に対する抵抗運動を行なった活動家たちを資料で紹介する内容である。この企画の中核となる資料として、1919年の3・1独立運動をきっかけに朝鮮総督府が制作した監視リストカードが初公開・展示されていた。展示解説によれば、これらのカードは、1980年代の初めに発見されたものだという。韓国ではよく知られた活動家たち(ユ・グァンスン、アン・チャンホ、ハン・ヨンウンなど)のみならず、これまであまり知られてこなかった活動家や、監視下に置かれた人々の写真が──文字通り「顔」が、個人情報を記された監視リストに貼付されている。

2025年は戦後80年の節目だが、韓国にとっては日本による統治から解放された「光復」80年のメモリアル・イヤーである。今年は光復80年を記念した展覧会や催しが多数開かれており、「The Radiant Strides, Moving the World」も「Faces We Meet Anew」もこうした文脈で企画・開催されている★3。滞在中、日韓国交正常化60周年という言葉には一度も出会わなかった。

「The Radiant Strides, Moving the World」の冒頭には、AIを用いて生成されたであろうソンのウイニング・ランの映像が細長いスペースを使って巧みに設置され、観客の声援の再現などによってもさらに臨場感が増してエモーショナルな喚起力があった。「Faces We Meet Anew」展では、韓国の解放以前に命を落とした活動家たちが微笑む映像がAI技術で生成されており、独立・抵抗運動が不要となった今日、光復80年を果たした現在に鑑賞者を着地させるような演出と受け取ることもできよう。これらは、Photo SeMAで見たオ・ジュンヨンの作品群とはまた別の意味での、ミュージアムにおけるAI生成技術の事例として興味深いものであった。今この現実に「ない」ものをリアルに「生み出す」力を行使する主体は誰なのか。その意図は何か。AI生成技術にかぎらず、またミュージアムに限らず、さまざまな機会や場面において、そのエージェンシーに留意することで明らかになる深層がある。韓国教育財団が主催するワークショップそのものからも、このことは自明以外の何ものでもない。

 

★1──同財団のウェブサイトより。“The purposes of the Korea Foundation are to promote proper awareness and understanding of Korea, and to enhance goodwill and friendship throughout the international community through a diverse array of international exchange activities” in pursuant to Article 1 of the Korea Foundation Act.
★2──https://www.mk.co.kr/en/culture/11411817
★3──都合が合わず見ることができなかったが、重要な展覧会として国立現代美術館徳寿宮館で開催されている、近代の風景画を中心に構成された「A Commemorative Exhibition for the 80th Anniversary of Liberation: Landscapes of Homeland and Longing(光復80周年記念:郷愁、故郷を描く)」がある。