監修:飛田優樹
翻訳:飛田優樹、三村一貴
発行所:東京書籍
発行日:2025/08/18
公式サイト:https://www.tokyo-shoseki.co.jp/product/books/81776/

今日、図鑑や画集の類いを日常的にひもとく機会がある人はほとんどいないだろう。有名な作品であればGoogle Arts & Cultureをはじめ、オンラインで高画質な画像がいくらでも閲覧できる。作品解説に相当する情報も簡単に手に入る。裏返して言えば、今日わざわざ図鑑や画集を出版することにともなうハードルは、以前と比べて大いに上がっていると言わざるをえない。

本書『図鑑 中国絵画の歴史』は、そのような状況のなか出版された、きわめて志の高い一書である。著者である馮翰林は、古代中国の書画を専門とする1993年生まれの若き美術史家であるが、本書ではあえて作品を74点に絞り、それによって中国絵画の歴史を通覧するという大胆な方針をとった。それを可能にしたのが、本書の高精細な図版と、それに寄せられた詳細な解説である。通常の画集ではあまり見ないケースだが、本書では一作品につき数点から十数点のディテールが「鑑賞ポイント」としてクローズアップされ、それぞれの作品を余すところなく鑑賞できるような構成になっている。収録作品の年代が魏晋南北朝から清代までの約1700年にまたがるだけに、数をあえて絞り、各時代の代表作にフォーカスを合わせる構成は理にかなっていると言えよう。

日本語版の序文で監修者・飛田優樹が注記しているように、本書に収録されている全74点の作品のうち、日本で知られているような仏画は一点も含まれておらず、中国本土の主流である山水画に人物画、花鳥画などを交えた構成になっている。これも序文で指摘されるように、従来中国の書画は、しばしば日本独自の文脈において──あるいはその独特なフィルターを通して──語られることを常としてきた。これに対し本書は、中国語からの翻訳であるからこそ可能になった、本当の意味でスタンダードな「中国絵画史」である。

むろん評者に厳密なところを判定する力量はないが、若き気鋭の著者が手がけているだけに、各作品の解説も網羅的で余すところがない。その充実した解説を、著者と同じく若い訳者二人(飛田優樹・三村一貴)が、正確な日本語に移しかえているところも本書の大きな美点だろう。冒頭でもふれたような逆境のなかで、このような作品集を成立せしめた関係者の方々に敬意を表したい。

執筆日:2025/10/14(火)