「六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」を見た。2004年以来「日本の現代アートシーンを総覧する定点観測的な展覧会」として森美術館が開催している、3年に一度の大規模な展覧会である。
前回の「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」ではキュレーターチームの一人として参加した。コロナ禍の真っ最中に準備を始め、その暗いトンネルを抜けるかどうか★1というタイミングに会期が始まったこともあり、途絶えてしまった「往来」という主題から、人や物の往き来がもたらす歴史の複雑性、文化の展開、共生といった課題にフォーカスしてキュレーションした。

この三年で「往来」は回復したようだが★2、東アジア地域の政治的緊張は継続しているし、始まった戦争は終わらず、侵略は続き、大国の右傾化は相変わらずだ。「往来」の復活に伴って、すぐさま文化の相互理解が深まったり、共生の手続きに進歩があるわけではない。オーバーツーリズムの問題解決を極端な排外主義にすり替える向きさえある。

「ともにある時間」とひがれおの《琉球人形あつめin内地》

こうしたなかで、今回の「六本木クロッシング展」(以下、RX展)はアジアから2名のキュレーターを迎え★3、日本にルーツを持ち国外で活動する作家だけでなく、国籍を問わず日本国内で継続的に活動をする作家が多数紹介されているのは必然の流れだろう。「時間」を多角的に解釈することが今回のRX展の主眼だが、北澤潤の大作《フラジャイル・ギフト:隼の凧》(2024)から始まるセクション「ともにある時間」で紹介される作家・作品は、さまざまな歴史や語りの多様な実践そのものであり、ボリュームという点においても魅了される、展覧会のハイライトという印象を持った。

そのなかでは比較的静かな佇まいだが、印象に残ったのがひがれおの《琉球人形あつめin内地》(2025)だ。展示は、琉球人形(作家があつめたもの6点、制作したもの1点)と複数の写真(キッチュな風情の写真立てに飾られたものもある)で構成されている。


ひがれお《琉球人形とぅ私(わん)、ふぁーふじぬ家(やー)(琉球人形と私、祖父母の家)》(2025)[©︎ひがれお]

ひがれお《琉球人形あつめin内地》(2025)、展示風景:「六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館(東京)2025-2026年[撮影:竹久直樹]

琉球人形とは、戦後沖縄で米軍人が帰国する際の土産品として、また本土復帰後は沖縄旅行の土産物や贈答品として流通した人形である。女性の職業支援・自立支援としても大きな意味を果たしたこの人形の生産は、戦後の物資難においては廃物や有り合わせの材料でなんとか拵えるというところからスタートし、1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会の折には「いくら作っても足りない」ほどだったという★4

姿形は日本人形に似たところがありつつ、紅型に身を包んだ琉装姿やくっきりと描かれた目鼻立ちが、いわゆる「沖縄らしさ」を力強く表現している。ただし、これをステレオタイプの再生産であるとか、セルフ・オリエンタリズムの表象といった理解だけに押し込めてしまうのは、不十分というほかない。悲惨極まりない沖縄戦で──もっと言えば、琉球処分から沖縄県へと移行して以来──その文化を暴力的に奪われた人々が、ありし日の文化・風俗を人形のかたちで再現すること、それ自体がもしかすると、人々の癒しの一部でさえあったかもしれない。食べていくためになんとか手元にあるもので工夫するところから始まり、後には技術を高めて洗練された人形を生み出そうとしてきた女性たちにとって、琉球人形は自立の道を切り拓いた誇りでもあった。人形制作技術向上のため、内地で面相書きなどの技術を習得して戻った者もいたという。

昭和の時代に家の隅で埃を被っていたケース入りの日本人形と同様、琉球人形もいつの間にか家々から姿を消したという。いまや祝い事や土産に人形を送る習慣自体がほとんど廃れてしまった。人形の多くは廃棄されたり、埃を被ったまま押し入れに仕舞い込まれたり、リサイクルショップに出されたりしているらしい。1995年生まれのひがれおがこれらを集めるのは、ノスタルジーでもなければ人形愛好でもないと言って良いだろう。それを示すのは、ひがれお自身が写った2点の写真である。大量の人形たちに囲まれ、作家は体の前に銘板「琉球人形あつめ」を添えた琉球人形をしっかりと携えて、固い表情でカメラを見返している。そこには《琉球人形、譲てぃくぃみそーれー!!(琉球人形、譲って下さい!!)》(2025)のチラシが醸し出す軽さやポップさはない。

ぎこちない記念写真に写るかのような作家と、周囲をずらりと取り囲む人形たちの間には親密な雰囲気がまるでない。そのことによって作家には、人形を抱えてはいるけれど、それをどうして良いのかわからない、そんな気配さえ漂っている。これを、戦後80年を経てもなお、なぜ沖縄がいまだに極めて不条理な政治的・社会的状況にあり、なぜ作家がそれを生き、引き受けなくてはならないのか、という困惑や問いの表象として読むことは深読みだろうか。あるいは作家は、もう一歩進んでいるのかもしれない。つまり、背筋を伸ばし、堂々と立ち座るひがれおの口元に湛えられた緊張感は、こうした状況を真っ直ぐに受けて立つ、腹を括った作家の決意の表われであると。展示室には、米軍の警告看板が人形と同じしつらえで展示されている。それが小ぶりで透明であることは、強すぎず弱すぎない絶妙な存在感を湛え、アメリカと沖縄と日本の関係を明示している。曰く「米国海兵隊施設 無断で立ち入ることはできません。違反者は日本国の法律に依って罰せられる」。

展示された人形は沖縄の文化的多元性を体現しつつ、ところどころには大衆文化ならではキッチュさもあり、どこか可笑しみもある。米軍人向けの土産品というもともとの文脈から逸脱して、さまざまなレファレンスを取り込んで大胆に発展していく様は、生き延びなければならない人々のたくましさであり、創造性の発露でもあると言えるだろう。作家のウェブサイトなどによれば、作家は人形を5年ほど前から集め始め、今年はじめてプロジェクトとして披露した。展覧会や展示スペースの文脈、レイアウトや何を合わせて展示するかによって、大きく異なって見えてくるだろう。今後の展開も楽しみにしたい。

村上隆《ポリリズム》と荒木悠《野良犬たち》

さて、筆者が《琉球人形あつめin内地》を見ながら、想起した作品が二つある。ひとつは村上隆の《ポリリズム》(東京国立近代美術館蔵、1991)、もうひとつは荒木悠の《野良犬たち》(制作:1947-1952/発表:2017)だ。敗戦国である日本とアメリカの関係が、広い意味での大衆文化、しかも愛玩性のあるフィギュアに表出していることが共通点である。どちらも偶然、この秋に改めて見る機会があった。

村上の初期代表作《ポリリズム》に使用されているのは、日本のプラモデルメーカー、タミヤ製の兵隊人形である。キャスターのついたFRP製の直方体に多数の米軍歩兵模型のフィギュアがよじ登っている。不安定さや素材といった点から既存の彫刻概念を覆すだけでなく、敗戦国である日本のメーカーが米兵や戦車のフィギュアを生産、欧米に販路を拡大しているというアイロニーが作品の批評性の核を成す。東京国立近代美術館が所蔵する本作は、筆者も国立国際美術館で企画した展覧会「コレクション1 80/90/00/10」(2023年6月24日~9月10日)で借用し、展示したことがある。この秋は、国立新美術館で開催された「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」展(9月3日~12月8日)の「イントロダクション」のセクションに展示されていた。本展の序盤、章立てに入っていく手前に位置付けられた、この時代を語るに欠かせない文脈(ポピュラーカルチャーを軸とした日常と現代美術の近接)を擁する作品群のひとつとして、重要な出品作であった。


村上隆《ポリリズム》(1991)(FRP、鉄、タミヤ1/35アメリカ歩兵フィギュア(西ヨーロッパ戦域)/207×91.5×71cm)[©︎1991 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.]

他方、荒木の《野良犬たち》は、2017年に大阪のCreative Center OSAKA(北加賀屋)で開催された展覧会「クロニクル、クロニクル!」(主催:クロニクル、クロニクル!実行委員会、キュレーターは長谷川新)で一度見ていたが、やはりこの秋に京都国立近代美術館で開催された「キュレトリアル・スタディズ16:荒木悠 Reorienting ―100年前に海を渡った作家たちと―」(2025年10月7日~12月7日)で再び眼にする機会があった。GHQ占領下の日本で生産・輸出されたさまざまな商品には「Made in Occupied Japan」★5の刻印が求められたが、荒木はこれらのうち、犬のかたちをした陶器をネットオークションを通じて買い集めている。2017年の展示では、ひとつの台座の上に一匹が鎮座し、その台座が41基あるという展示だったが、今回の展示では、犬たちは倍以上の数になって、青いビロード調の布地を敷いた展示ケース内に一堂に集められていた。どの犬にもかわいらしさがあると同時に、ケースは身寄りのない飼い犬たちの収容所のようでもあり、荒木自身がこの「買い戻し」を「保護犬活動」と表現していることが思い出された。海外の持ち主(買い主/飼い主)の手を離れてしまった犬たちを日本へと買い戻すこと、それはひがれおが琉球人形を集めるのにどこか通じるところがある。

作家たち自身が体験していない近過去、その多くが昭和の時代に由来する遺物は、まだ私たちの周囲にある。そして作家たちの眼差しは、戦後80年が経った今なお、いや今であるからこそ、その意味をあぶり出すのだ。

荒木悠《野良犬たち》(制作:1947-1952/発表:2017、作家蔵)[撮影:守屋友樹]

荒木悠《野良犬たち》(制作:1947-1952/発表:2017、作家蔵)[撮影:守屋友樹]

 

★1──あるいは非常事態はかたちを変えて続いている、ということは今年の夏に企画した展覧会「非常の常」展でもテーマにした。
★2──ただしパンデミック前の2019年には2008万人だった出国者数は2024年になっても1301万人に減じたままであり、逆に入国者数は3188万人から3687万人に増加。観光庁のウェブサイトより。
★3──外部キュレーターはレオナルド・バルトロメウス(山口情報芸術センター[YCAM]キュレーター)、キム・へジュ(シンガポール美術館シニア・キュレーター)。森美術館からは、德山拓一(森美術館シニア・キュレーター)、矢作学(森美術館アソシエイト・キュレーター)。
★4──琉球朝日放送制作「カメラマンリポート 琉球人形を愛する人々」を参照した。
★5──通称「オキュパイド・ジャパン」と呼ばれることもある。近年はコレクターも多い。国内でもこれらを集めた展覧会がたびたび開催されている。例えば今年は戦後80年を記念し、名古屋陶磁器会館にて特別展「Occupied JAPANの陶磁器」が開催された(7月22日〜10月3日)