モエレ沼公園では、グランドオープン20周年記念協賛事業の第2弾として、2025年11月11日から12月14日まで、写真家・大橋英児の個展「Your eyes are our eyes─囚人道路─」を開催した。本展は、昨年この連載でも取り上げたHOKKAIDO PHOTO FESTA実行委員会が主催するもので、大橋は同実行委員会の代表も務めている。

大橋は1955年、北海道稚内市生まれ。現在は札幌を拠点に活動している。生まれ育った北辺の厳しい暮らしの記憶から、冬をはじめとする過酷な環境下に現われる荒涼とした美に魅せられ、20代後半よりネパール、チベット、パキスタンなど、ヒマラヤ周辺の国や地域を訪れて撮影を行なってきた。その後、2008年からは、日本独自の風景として自動販売機を題材にしたシリーズ「Roadside Lights」を展開し、「自動販売機のある風景」を撮り続ける写真家として広く知られている。

本展では、2020年から撮影を始めた、「囚人道路」と呼ばれる強制労働の記憶を背景に、現在その跡地に生い茂る笹(ネマガリダケ/チシマザサ)が広がる風景を捉えた新作を発表した。展示は、4つの写真シリーズによって構成されている。


会場風景 [写真提供:大橋英児]

囚人道路とは何か

北海道の開拓は、強制労働の歴史と切り離すことができない。明治20年代に建設された北海道内の主要道路のうち、半数以上は囚人によってつくられ、多くの命が犠牲となった。明治中期、北海道の開拓と防備は急務とされ、その役割を担ったのが屯田兵である。しかし、内陸部へ入植するためには、まず道路の整備が不可欠だった。

その陸路の大動脈として、札幌―旭川―網走を結ぶ中央道路が開削される。このうち、北見峠から網走に至る区間が北見道路、別名「囚人道路」である。工事には、網走監獄の囚人約1,100人と職員200人余が動員された。開削は明治24(1891)年に始まり、全長163kmを約8カ月で完成させるという、文字どおりの超突貫工事だったという。

囚人たちは足に鎖をつけられ、昼夜を問わず、狼やヒグマの脅威にさらされながら作業に従事した。十分な食料も与えられず酷使された結果、約8割が病に倒れ、約2割が命を落としたとされている。


会場風景より、「The 13」シリーズ[写真提供:大橋英児]

生い茂る笹の風景

展示の中心となる「The 13」シリーズは、13枚組の写真によって構成されている。道路建設の際、囚人を収容するために設けられた仮監(仮の監獄)は13棟あり、本作はそれぞれの跡地を写し出したものだ。各作品のタイトルには、撮影地点の緯度・経度と、道路建設が行なわれた年が記されている。

160×120cmという大きな画面いっぱいに写し出されているのは、笹が生い茂る風景である。一見すると、何を写したのか手がかりのない風景写真に見える。作家の意向により、作品解説は写真のそばには掲示されていない。そのため鑑賞者は、この笹藪の中に何があるのかを探るように、じっと画面を見つめることになる。

作者の意図をすぐに知りたい鑑賞者にとっては歯がゆい時間でもある。しかし同時に、その「わからなさ」の時間こそが、作家とまなざしを共有する体験へとつながっていく。


《The 13 – N43°56’32”/E144°07’26”1891》[写真提供:大橋英児]

写真に正面から向き合うと、その隅々までが高精細に撮影されていることに気づく。画面が強く主張するような奇妙なインパクトはどこから来ているのか。作者によれば、写真は早朝、日光による強いコントラストがつかない時間帯に長時間露光で撮影し、その画像10数枚を重ね、隅々までピントが合うように仕上げているのだという。

写し出されているのは、北海道ではごくありふれた雑木林の、淡々とした風景である。しかし、それらが反復され、大画面で展開されていくのを見ているうちに、次第に得体の知れない恐ろしさが微かに立ち上がってくる。

鑑賞者である私たちは、いったい何を見ているのだろうか。それは、作者のまなざしを通して追体験される、道路建設のために強制的に移動させられた囚人たちが、絶望の中で見た「自然」の風景と同じものではないか。しかしそれは、劇的に演出されることも、悲劇を顕彰するかのようにモニュメント性を与えられることもない。平坦に撮影された写真は、悲劇の痕跡が失われているという事実を、ただ静かに伝えている。

大橋は本展のステートメントの中でこう言っている。

――こうした歴史を北海道の⾃然はすべて包み込んでいる。それは、どれほど強⼤な制度や暴⼒であっても、⾃然の時間の中では⼀瞬の痕跡にすぎないということである。⼈の姿がない中で広がる増殖した笹の⾵景──そこは労働の痕跡が消え去った場所であり、⼈間の暴⼒は終わっても、⾃然の抵抗は終わることがない。その⾮対称性こそが、北海道の⾵景の静けさの本質であり、笹は癒しや回復ではなく、絶望が形を変えて今も存続している証なのである。 (大橋英児「Your eyes are our eyes-囚人道路-」アーティスト・ステートメントより抜粋)

北海道は自然の力の大きさをよく感じられる場所だ。途方もない労力をかけて自然と向き合い、その営みの中で、人間の力の及ばない領域があることを知る。道路建設に携わった囚人たちは、それを最も苛烈な体験として知った人々だろう。

現在へとつながる痕跡


会場風景より、「Google Earth」シリーズ[写真提供:大橋英児]

このように過酷な状況のなか建設された囚人道路ではあるが、そのうち現在も道路として使用されているのは約30%といわれる。会場にはGoogle Earthで追ったかつての囚人道路「Google Earth」シリーズも展示された。「The 13」シリーズが写し出すように、現在は、地上からその地を探すのは困難である。しかし衛星画像であれば、そのわずかな痕跡を辿ることができる。

会場には、各地の博物館・資料館が収蔵している当時の写真や深く関わりのある人物の写真が、大橋の作品と並列して展示された。これらは作品の背景として当時の様子を伝える貴重な資料であるとともに、大橋の本作への思いを知る手掛かりにもなる。


会場風景より、《9号仮監裏墓標》遠軽町郷土館所蔵[写真提供:大橋英児]

《9号仮監裏墓標》遠軽町郷土館所蔵

展覧会入口に掲げられた写真は、遠軽町瀬戸瀬で撮影された《9号仮監裏墓標》だ。9号仮監は、病に倒れた囚人を収容する「病監」として機能しており、ここで命を落とした囚人は少なくなかった。その近くには墓地が設けられていたが、墓標には戒名ではなく、殺人や窃盗といった罪名が記されていたという。仮監の跡地に住んだ駅逓取扱人・佐藤多七は、明治31(1898)年の洪水で墓標が流出してしまった後、その地に山から運んできた岩を使い新たに石碑を建立したという。多七は道路の建設のために尽力した人々が死後もなお囚人と呼ばれ続けるのは気の毒と考え、岩に「山神」として刻入した。この慰霊碑には今でもなお供物が供えられている。

この「山神の碑」は、大橋がこのプロジェクトで最も心惹かれる場所なのだという。


会場風景より、《遠軽町瀬戸瀬 佐藤多七宅》(遠軽町郷土資料館所蔵)[写真提供:大橋英児]

北海道開拓の歴史には暗い影がある。権力者が人々を駒のように動かし開拓を進めたこと、そのことが先住民の場を、文化を奪ったこと――それは事実なのだが、そこに住む人々がかつてそこに生きた人間、そして人間の営みに対して敬い手を合わせる、その行為自体は非難されるものではないだろう。その畏怖と微かな光のような慈悲の思いは、最後のセクションで展示された「Transition」シリーズに繋がっている。

過去と現在、重なるまなざし


会場風景より、「Transition」シリーズ[写真提供:大橋英児]

「Transition」シリーズは、AIによって生成された画像を、現在も残る囚人道路にプロジェクションし、その様子を撮影した写真作品だ。投影した画像は、囚人道路沿線に暮らす人々に取材し、彼らの声をプロンプトとし、画像化したものだ。地域の人々は、上記の「山の碑」の例のように今でも道路建設に対して感謝の念を持っているのだという。大橋は彼らの声を囚人道路の跡地に遷移できるのではないかと考えたという。

写真が過去の光を現在へとつなぐメディアであるならば、人々の声を画像、すなわち光へと変換し、レイヤーとして重ねて撮影した本作は、「写真」という枠組みを逸脱しているようでいながら、同時に、きわめて「写真」的な行為ともいえるだろう。形のないものに形を与え、それを写真として掲げること。「Transition」は、現代の錬金術のようでもあり、あくまで大橋が写真家であることの証でもある。

「Your eyes are our eyes」というタイトルは、見るという行為が個人のものにとどまらず、時間を超えて共有されるものであることを示している。囚人たちが見た風景、土地に暮らす人々が受け継いできた記憶、そして私たち鑑賞者の現代からのまなざし。それらは重なり合い、時間を超えて北海道の風景を見つめている。この「見る」ことそのものが歴史への関与、そのはじまりであることを、本展は静かに伝えてくれる。

参考資料
・大橋英児ウェブサイト https://eijiohashi.com/jp
・『北見文化財ガイドブック』2016年3月29日発行 常呂川流域文化遺産活用推進事業実行委員会(北海道北見市教育委員会文化財課)編
・石田悦一「北海道の道路事情:昨日」『開発こうほう 2018年10月号』一社)北海道開発協会発行
・北見市ウェブサイト 端野町歴史民俗資料館:中央道路と鎖塚 https://www.city.kitami.lg.jp/administration/education/detail.php?content=8046
・えんがる歴史物語 http://story.engaru.jp/

大橋英児「Your eyes are our eyes─囚人道路─」
会期:2025/11/11~12/14
会場:モエレ沼公園(北海道札幌市東区モエレ沼公園1-1)
公式サイト:https://moerenumapark.jp/eijiohashi/