Bertille RONDARD『So Long Gropius』© la Poudrière 2024
ファーストカットで銃声が鳴り響き、次のカットで場面が切り替わると、海賊の少女と巨大なトカゲ、グロピウスは敵から逃れるように走り出す。ジャングルを抜け海岸に出ると、そこには仲間が舟を出して待っている。大きなトカゲは乗ることができないのだろうか。少女はグロピウスと別れを惜しみ、舟に乗り込み、島を脱出することに成功した。フランスのアニメーション・スクールの名門、ラ・プードリエール出身のベルティーユ・ロンダールによる『ソー・ロング・グロピウス』(2024)はこのように幕を開ける。
短編アニメーションは短い時間で観客に満足感を与えなければならないため、導入がより重要になってくる。冒頭から物語を盛り上げる作劇は、作家がその点に自覚的な証拠だろう。それを傍証するかのように、同作はメタ的な作品構造を持っている。じつは先述した冒頭の一連のシークエンスは、主人公の少女が読んでいた冒険小説の結末部分であり、島のロングショットの後、場面は現実世界へと戻りストーリーが展開されていく。
Bertille RONDARD『So Long Gropius』© la Poudrière 2024
『ソー・ロング・グロピウス』は全編にわたって最小限の手数で効率よく演出がなされた作品だ。ゆえに冒頭の劇中劇から切り替わったシークエンスも過不足がない。ここでは日常的な室内のロングショットと、そのなかでの主人公の細かい仕草が、小説への没入と対比されており、キャラクターがまだフィクションの余韻に浸っていることをわかりやすく示している。
読み終えてしまった物語。整理しきれない感情は解決されず、主人公は友人たちとともにサッカーの試合へと向かう。しかしここで主人公は道中で出会った小さなトカゲを、小説のグロピウスと重ね合わせ、追いかけていく。以降、カメラ位置やアングルによる大小関係の見かけ上の操作、虚構世界での高揚感から行なわれたジャンプという身体動作を、現実世界で起きているサッカーの試合中のヘディングとして二重化する演出など、現実と虚構を共存させながらストーリーが進行していく。作家はこのように難しい設定を無理なく見せながら、主人公が自らの想像によって小説の結末を対象化する様子を描くのである。
Bertille RONDARD『So Long Gropius』© la Poudrière 2024
このように分析してみると、トリッキーな物語構造を持つ同作であるが、それが前面に出てこない、親しみやすい絵柄で展開されることもポイントだろう。レイアウトや造形もデザイン的な洗練を有しているが、鼻や睫毛、爪など身体のディテールをオミットしきらないことによって、構成的に見えることを避けている。こうした描き方の工夫によって、主人公の等身大の悩みに、私たち大人の鑑賞者も感情移入する説得力が生まれるのだ。
Bertille RONDARD『So Long Gropius』© la Poudrière 2024
作家のVimeoアカウントには過去の作品がアップされており、ここからは繰り返し子どもを主題としてアニメーションを制作していることが知れる。それらと比較すると『ソー・ロング・グロピウス』は、先述の映像的・絵画的語彙の的確な使用によって、過去作よりも明瞭にエモーションをジュブナイルへと昇華することに成功している。およそ4分という短いランタイムのなかでしっかりと物語を描き切った同作は、短編アニメーションのひとつの理想を体現している。
参考文献
・「BERTILLE RONDARD」『Vimeo』(https://vimeo.com/user100399330)
鑑賞日:2025/11/23(日)