「福岡の特色とは何か?」という問いの前で頭を抱える日々が続いている。というのも、筆者が準備している来年度の特別展に向けて、地域の近現代史を改めて学ぼうとしているところだからだ。福岡ゆかりの作家について調べていると、修猷館や玄洋社などに代表される政財界人のネットワークが文化と紐づいていることを何度も確かめることになる。しかし、付け焼き刃の知識で歴史の根を掘ることは難しく、やはり頭を抱えてしまう。
学芸員は「地元出身」ではない場合が案外多い。皆どうやって自館の資料と地域の蓄積された歴史を紐づけ、編み直す作業をしているのだろうか……。
ちょうど、福岡のさまざまな美術館が、土地に脈々と流れる文化、歴史について取り上げている展覧会を開催している。開館50周年を迎えた北九州市立美術館と、田川市美術館の企画もそのうちの二つだ。どちらの展覧会も、石炭と鉄という地域の基幹産業、ひいては日本全体の産業構造と切り離せない資源を軸として、コレクションや現代作家によってそれらの物語を語り直すことを試みた企画だった。
産業の光と影──「コールマイン未来構想Ⅱ」

「コールマイン未来構想Ⅱ うつし、うつり、たちあがるもの」展覧会場入り口[筆者撮影]
「コールマイン未来構想Ⅱ うつし、うつり、たちあがるもの」(会期:2025年12月7日~2026年2月1日)は、田川市美術館が昨年から継続して行なっているシリーズの第2弾だ。川俣正による「コールマイン・プロジェクト」が、現代美術を媒介に田川の石炭産業やさまざまな社会問題を照らし出してきた系譜を踏まえつつ、田川という土地が媒介となり生まれた表現を紹介している。
右手の展示室「1. 越境のアーティスト 富山妙子」では、ドローイングやコラージュを中心に、炭鉱での労働を主題とした作品や資料が並んでいた。1950年代に入ってから炭鉱を取材してきた富山妙子(1921-2021)は、1980年代には強制連行された朝鮮人労働者に目線を向ける。炭鉱の労働がもたらした痛み・苦しみを直視する展示内容は重いが、産業の光と影の両面を映し出す富山の作品があるからこそ、展覧会の輪郭が確かなものになっていたと思う。会期中は上映ホールで筑豊炭鉱の朝鮮人強制連行をテーマとするドキュメンタリー映画の上映などがあり、作家を再発見する契機となっていたようである。筆者はタイミングが合わず、ドキュメンタリーの観覧は果たせなかった。しかし、同ホールで上映されていた山内光枝とギタリストの笹久保伸による映像作品『底のない水|Bottomless Serpent』(2022)は、1970年代以降に音楽家との協働によりスライド形式での作品発表を数多く行なっていた富山の仕事とオーバーラップしているように感じた。
中央の展示室「2. ひらかれた『断片』としての」は、筑豊炭田で炭鉱夫として長年働いた山本作兵衛(1892-1984)による炭鉱記録画を軸に、それらを写した作家たちの仕事が紹介されていた。なかでも、菊畑茂久馬(1935-2020)が1970年から1971年まで私塾・美学校の生徒を率いて行なった炭鉱記録画の模写9点が三方の壁にずらりと並んでいる光景に、思わず「おーっ」と声が出た。この模写は、炭鉱記録画を無理やり40点ほどつなげ、200号のキャンバスに油彩で模写したものである。不思議な違和感を感じた。それは、紙に水彩で描かれた40×50cmの原画が2.6×2mのキャンバスに油彩で再現されているからか。あるいは山本がアマチュアの画家であるゆえの拙さとは別の次元の違和感で、模写をした生徒たちが「手こずっている」ことが筆跡などから垣間見えるからかもしれない。
展示室の中央には菊畑の美学校での仕事についての資料が並んでいる。初見のものが多く感慨深かったが、なかでも山本作兵衛の作品を公開するにあたり、菊畑が書き記していた言葉は印象的だった。
「描写の構造原理に肉薄する数々の物体を次々に生徒の前に公開する。(それは描写を許さぬ、または従来の描写の意味を拡散させるもの、又は描写が止むに止まれないもの、又は描写の未経験の部分に至るものかを検証するに近い)さて生徒は描写という皮癬ダニとなって、その風景(対象)を食いちぎり、徹底的に己次第の描写狂そのものとなる」。この言葉は、展示会場にあるほかの作品にも反響しているように感じられた。
「2. ひらかれた『断片』としての」より、美学校にまつわる資料[筆者撮影]
会場の作品を追っていくと、山本自身の作品も、同一のモチーフを繰り返し描いていることがわかる。女性坑夫が籠を引きながら潜っていく場面。反復するいくつかの場面は、繰り返しの労働を意味するのか。山本作兵衛が繰り返し同じ絵を描くことは、炭鉱での労働に伴う肉体感覚や記憶を刻みつけるための行為だったのだろうか。
多種多様な「うつす」──現代作家による応答
「3. 現在の視点:うつり、たちあがるもの」では、「うつす」という行為に呼応する現代作家の作品が配置される。トンネルのように薄暗い空間を抜けて、富山妙子のゾーンからつながっているように配置された大洲大作のインスタレーションのなかには、電車の窓枠に、筑豊を走る車窓の現在の風景が投影されている作品《光のシークエンス ─ 筑豊》(2025)がある。この作品は、例えば富山や山本が目にしていたこの場所での出来事が過去から現在に引き続いているということを感覚的に示す装置のように感じられた。
「3. 現在の視点:うつり、たちあがるもの」より、大洲大作によるインスタレーション作品《光のシークエンス ─ 筑豊》(2025)展示風景[筆者撮影]
慣習や因習にまつわるモチーフを日本画の技法を用いて「うつす」作家・中尾美園は、祝日に家に国旗を掲揚する習慣を持っていたある女性が保存していた「国旗セット」などを引き写した《久代切 Remnants of Hisayo》(2018)や、さまざまな場所で掲揚された国旗のたなびく光景から写し取られた「歪な赤い丸」をトリミングし雛壇の上に載せた立体作品が展示されていた。一般家庭のなかで、季節ごとの行事と同列に扱われている国旗とそのパーツは、重たい意味から解き放たれているようにも感じられる一方で、石炭産業が日本の産業構造の根幹を作ってきたこと、そこに植民地下にあった他国も含めた多くの人々が巻き込まれていたことや、炭鉱経営によって政財界に重要な位置を占めた「筑豊御三家」の存在が現在の政治に与え続けていることを考慮すると、不気味なモニュメントのようにも感じられる。この作品の選定にどのような意図があるのか、知りたくなった。
「3. 現在の視点:うつり、たちあがるもの」より、中尾美園《久代切 Remnants of Hisayo》(2018)の一部[筆者撮影]
「3. 現在の視点:うつり、たちあがるもの」より、中尾美園の作品の一部[筆者撮影]
展覧会の広報には、「本展で示す『うつす』という行為は、現実を写し取るだけでなく、かつてこの地を歩いた人々が思いをつないできた、その記録と継承の営みとしても捉えられます」と書かれている。富山によるその場を描く記録行為、菊畑らによる山本作兵衛の模写、それを現在形で感じ取る行為と、「うつし、うつり、たちあがるもの」という展覧会のタイトルが作品同士を緩やかにつなぎ、鑑賞者にバトンを渡すという一連の構成が美しく、余韻のある展示だった。
近代化の装置としての鉄──「鉄と美術 鉄都が紡いだ美の軌跡」

北九州市立美術館で開催されている「鉄と美術 鉄都が紡いだ美の軌跡」(会期:2026年1月4日~3月15日)の展示室は、機関車を描いた開化絵と、I字型をした鉄道のレールから始まる。筆者は「鉄の美術」というタイトルからは、鉄道のことをまったく想像しておらず、ハッとした。鉄道は移動時間の圧縮・資材を運び、近代化をもたらす近代化の装置でもあった。月岡芳年《高縄鉄道之図》(1871)は、煙を上げて走る鉄道と人力車や馬車との対比が印象的だ。人力車の車夫や乗客は着物、鉄道の乗客は洋装で、変化する時代と風俗が描き分けられている。
「第1章 鉄道がやってきた!」展示風景[撮影:長野聡史]
「第2章 そこに石炭があったから」でもこの対比が強調される。山本作兵衛の炭鉱記録画のひとつ《船頭と陸蒸気》(1969)は、石炭運搬船に立つ船頭が、「ウヌーおかジョウキ奴めーおいらの飯茶碗を叩き落としやがった」と鉄道の線路を睨んでいる作品だ。船頭であった作兵衛の父が、鉄道の開業とともに仕事を失い、採炭夫となった経緯を重ねていると思われる作品だ。「コールマイン未来構想Ⅱ」で目にした「追われゆく坑夫」の姿がオーバーラップする。ここに、父が炭鉱経営をしていた野見山暁治による暗色で坑内を描いた風景が加わり、鉄道がもたらす労働の風景の変容が示されていく。
会場を進んでいくと、先ほどまでの作品群のトーンと打って変わって、優雅な作品と空間が目に飛び込んでくる。「第3章 製鉄所の画家たち」だ。建築家・村野藤吾によるグランドプリンスホテル新高輪の調度品と、竹久夢二による作品が並んでいる。二人はともに若き日に八幡製鉄所に勤めていたという経験を持ち、村野は「シルバー・グレーというか、ちょっとブライトでない色調」が自分の感覚的な面に影響を与えたという。製鉄所の勤務経験を持つ作家という切り口によって、近代美術特有の渋い画面は輝きを増していた。製鉄所内の絵画愛好会である「朱画会」の長末友喜、村田東作、星野順一、平田逸治らの作品は、製鉄所の営みをモチーフとしている。「自分たちは重要な仕事をしている」という喜びが感じられるもので、製鉄産業が豊かな文化を支えたという事実を伝えていた。「朱画会」のメンバーによる作品はその後に続く章でも登場しており、ある種のドキュメンタリーとしても機能していた。
「第3章 製鉄所の画家たち」展示風景[撮影:長野聡史]
戦時下の製鉄に着目した「第4章 鉄、武器となる」では、銃後の労働として鉄の生産風景が描かれる。福岡市美術館所蔵の吉田博の《溶鉱炉》(1944)に目を引かれた。煌々と光る鉄が主役となり、人間は小さく描かれている。戦時下の労働を記録したものであると同時に、抗えない力を前にした人間の姿にも読める。その同じ壁に中村研一が北九州の戦火を描いた《北九州上空野辺軍曹機の体当りB29二機を撃墜す》(1945、東京国立近代美術館蔵[アメリカ合衆国より無期限貸与])が掛けられていた。淡い空色を背景に上空で炸裂する戦闘機の破壊を描いた、中村による戦争画の到達点とも言える作品だ。それまでの作品に見えた赤黒い鉄の色とは対照的な、さわやかですらある画面の対比が強烈だった。対角線上の壁には「第5章 記録された製鉄所」の一部として記録映画『我国の製鉄工業』(1926)が上映されている。「人類を現代文明へと育む母」と製鉄産業を紹介しているのが残酷だ。絵画と並行して個人蔵の資料もふんだんに盛り込まれているのは本展全体の大きな特徴と言えるだろう。鉄道敷設図や、製鉄所の記録映像が、描かれた作品のディテールを補完し、作品を読み解く入り口を作っていると感じた。
「第4章 鉄、武器となる」展示風景[撮影:長野聡史]
人の身体と鉄と
続く展示室の第1室からは、日本製鉄株式会社九州製鉄所のコレクションや、八幡製鉄所から北九州市立美術館の開館の際に寄贈された作品が並んでいた。坂本繁二郎などゆかりの洋画家たちの作品やパブロ・ピカソの版画などもあり、見応えがある内容だった。北九州市立美術館の現在の立地がかつては製鉄所が設けた結核のアフターケア施設であったという事実も提示され、さまざまな事実が線となってつながってくる。地域の産業と、絵画コレクション、また前室で見ていた、制作をする製鉄所労働者という視点がつながり、職場の慰労や余暇活動としての絵画制作・絵画鑑賞という文脈が浮かび上がる構成となっていた。
そして後半の展示室では、1987年と1993年に行なわれた「国際鉄鋼彫刻シンポジウム」の資料、そしてエピローグとして
「エピローグ 2025年、鉄の都から」展示風景[筆者撮影]
「エピローグ 2025年、鉄の都から」より、山本聖子《Monument – 隻眼の神々》、《Monument – 溶鉱炉》(ともに2025)[筆者撮影]
「その土地らしさ」を見つめ直す
二つの展覧会に共通するのは、近現代美術のアーカイブを掘り起こし、それに応答する現代作家を配置するという構造である。それでいて、田川の場合は産業をむやみに礼賛するのではなく、それを外部から観察するというアプローチを取り、北九州ではすでに蓄積されている資料に対する丁寧な掘り起こしが印象に残った。
さて、商業都市として語られがちな福岡市において、「福岡の美術」とは何を指しうるのか。脈々と流れるものをすくい上げる作業は容易ではない。しかし、炭鉱や鉄という土地の記憶を媒介に、美術がそれらをいかに語り直しうるのかという他館の試みを目の当たりにし、背筋が伸びる思いがした。
ただし、「その土地らしさ」とは、しばしば外部の視線によって形づくられたステレオタイプでもありうる。そのことを引き受けながら、なお地域と向き合う方法を模索していきたいと感じている。
コールマイン未来構想Ⅱ うつし、うつり、たちあがるもの
会期:2025年12月7日(日)~2月1日(日)
会場:田川市美術館(福岡県田川市新町11-56)
公式サイト:https://tagawa-art.jp/schedule/coalmine2/
鉄と美術 鉄都が紡いだ美の軌跡
会期:2026年1月4日(日)~3月15日(日)
会場:北九州市立美術館(福岡県北九州市戸畑区西鞘ケ谷町21-1)
公式サイト:https://kmma.jp/exhibition/ironandart/
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