全国各地の美術館・博物館を渡り歩き、そこで出会うグッズたちへの感動を広く伝えるミュージアムグッズ愛好家・大澤夏美さん。博物館経営論の視点からもそれらを捉え直す彼女が、日々新たな商品や話題が生まれるミュージアムグッズの現場の周辺でどのような思考や問いを携えて活動しているのかを定期的に綴る「遊歩録」。今回は、財布や日記など身近な「物」を入口に、現実世界で物語が展開するARG(代替現実ゲーム)に注目。「物」を読み解くミュージアムの営みとの共通点を探りながら、持ち帰ったミュージアムグッズから新たな物語が始まる可能性について考えます。(artscape編集部)

財布から物語が始まるなら

最近、ARG(Alternate Reality Game)というジャンルのゲームが気になっている。現実のなかに散りばめられた情報をたどりながら、いつの間にか物語のなかへ入り込んでいくゲームである。

なかでも私が惹かれたのが、財布や日記、ゲームカセットなど、実際に手に取ることのできる「物」から始まるARGであった。物語のなかにあるはずの物が、自分の手元に届く。触ったり、裏返したり、そこに残された情報を調べたりするうちに、その向こうにいる人や出来事が少しずつ見えてくる。

そんな作品を知ったとき、ミュージアムグッズ愛好家である私は、当然のようにミュージアムグッズのことを考えた。財布から物語が始まるのなら、ミュージアムショップで買ったグッズから物語が始まってもいいのではないだろうか。今回はARGという表現を手がかりに、「物」とミュージアム、そしてミュージアムグッズから始まる物語の可能性について考えてみたい。

現実に物語が入り込む——ARGとは何か

ARGとは「Alternate Reality Game(代替現実ゲーム)」の略称である。ひとことで説明するのはなかなか難しいが、ウェブサイトやSNS、メール、電話、映像、さらには現実の場所や物など、さまざまなメディアを横断しながら展開するゲームや体験の一種である。参加者は、あちこちに散らばった情報を探し、謎を解いたり、ほかの参加者と協力したりしながら、ゲームや物語を進めていく。

ARGの特徴のひとつは、ゲームのためにつくられた世界のなかだけで遊ぶのではなく、私たちが普段暮らしている現実世界そのものを舞台として利用することにある。いつも使っている検索エンジンで登場人物について調べる。現実に存在する場所へ行く。電話をかける。届いたメールを読む。そうした日常的な行為が、いつの間にかゲームの一部になっていく。

ゲームAI研究者の三宅陽一郎は、2010年に発表した研究会参加記のなかで、ARGを現実の物理的な空間や社会の仕組みをゲームに取り込み、現実と仮想が交錯するなかで展開するものとして紹介している。

ARGの初期の代表作として知られているのが、2001年に映画『A.I.』のプロモーションとして制作された『The Beast』である。映画のポスターや予告編には、「Jeanine Salla」という人物の名前が紛れ込んでいた。気になった人がその名前をインターネットで検索すると、彼女が勤務している大学など、映画の世界に属するはずの情報が、まるで現実に存在するかのように次々と見つかる。さらに電話なども使いながら情報をたどっていくことで、参加者は未来を舞台とした殺人事件の物語へと巻き込まれていった。

ここで面白いのは、「ゲームを始める」ための明確なスタートボタンがあるわけではないことである。日常のなかで見つけた、ほんの少しの違和感から物語が始まる。ARGでは、こうした物語への入口を「ラビットホール」と呼ぶ。『不思議の国のアリス』で、アリスが白ウサギを追って穴へ落ちていくように、現実からもうひとつの物語へ足を踏み入れるきっかけである。

初期のARGを語る際には、「TINAG(This Is Not A Game=これはゲームではない)」という考え方もよく登場する。ゲームであることを前面に出さず、登場人物のウェブサイトやメール、電話などを現実のもののように提示することで、虚構の物語を日常のなかへ入り込ませていく。もちろん、ARGという表現もその後さまざまに展開しており、すべての作品がこの考え方を厳密に採用しているわけではない。

「物」を手にするところから始まるARG

「物」から始まるARGの代表的な作品として、クリエイター集団の第四境界が制作する『人の財布』がある。タイトルのとおり、プレイヤーのもとに届くのは、一人の人物が使っていたらしい財布である。財布を開けば、持ち主のものと思われるさまざまな物が入っている。プレイヤーは、それらを手がかりにインターネットで検索したり、情報を照らし合わせたりしながら、財布の持ち主をめぐる物語を追っていく。

第四境界ではほかにも、『人の給与明細』『人の交換日記』『人のゲームカセット』など、日常のなかにありそうな物を入口にした作品を発表している。こうした作品では、パッケージを開封してから物語が始まるというよりも、届いた「物」そのものがすでに物語世界の一部なのである。

考えてみれば、財布の中身を調べるという行為自体は、特別なものではない。レシートがあれば、いつ、どこで、何を買ったのかがわかる。カードには店や施設の名前が書かれているかもしれない。写真が一枚あれば、そこに写っている場所や人物が気になる。一つひとつは何気ない物でも、いくつかを並べてみると、その持ち主がどんな生活をしていたのかが少しずつ浮かび上がってくる。

そして、これが画面のなかに表示された財布ではなく、実際に自分の手元にあるということが、私にはとても面白く感じられる。手に取り、開き、裏返し、並べ、何か書かれていないか細部まで確認する。そして調べ終わったあとも、その物は手元に残る。本来は物語のなかに存在するはずの物が、自分の机の上に置かれている。フィクションが物理的な質量を持って、こちら側の現実へ入り込んでくるようである。

近年の日本では、ほかにも、ウェブと現実世界の情報を行き来しながら物語を追う『Project:;COLD』や、現実に存在する物や場所を利用した体験を手がけるSIM3によるゲームなど、ARGのさまざまな試みが行なわれている。遊び方も作品ごとに異なり、ARGをひとつの形式だけで括ることはできない。それでも私は、物語の世界に属する「物」が、現実の自分の手元に残るという点にとりわけ惹かれる。

ミュージアムもまた、「物」を残し、読み解く

前章で紹介した『人の財布』では、財布のなかに残されたレシートやカードなどを手がかりに、その持ち主の行動や生活を想像していく。考えてみれば、こうして「物」をよく見て、そこに残された情報を読み取り、その背後にある人や出来事について考えることは、ミュージアムで資料を見ることにも、どこか似ている。

ミュージアムに収蔵されている資料は、それ単体で存在しているわけではない。例えば自然史標本であれば、いつ、どこで、誰によって採集されたのかという情報が、その資料の価値を考えるうえで重要になる。歴史資料や民俗資料であれば、誰が、どのような場面で使用していたのか。美術作品であれば、作者や制作年代、来歴なども、その作品を理解するための手がかりになる。

ミュージアムは、こうした物を収集し、整理し、記録し、保存し、調査研究を行なう。そして展示では、資料そのものだけでなく、キャプションや解説、ほかの資料との組み合わせなどを通して、そこからわかったことを私たちに伝える。

もちろん、ARGで手がかりを探すことと、ミュージアムにおける資料の収集や調査研究を同じものとして扱うことはできない。それでも、目の前にある物や情報の断片を観察し、それらを結びつけながら、直接目にすることのできない人や出来事、時間について考えていくという点には、興味深い共通性がある。

実際に、ミュージアムを舞台としてARGがつくられた例もある。2008年、アメリカのスミソニアン・アメリカン・アート・ミュージアムでは、『Ghosts of a Chance』というARGが実施された。オンライン上で展開する物語と実在する美術館を行き来しながら、参加者が作品を制作して送ったり、館内でミッションに挑戦したりするものであった。

日本でも、ミュージアムを巡りながら物語を体験する企画が行なわれている。例えば、2026年に開催された「ミュージアムラリー2026」は、東京国立近代美術館や国立西洋美術館、東京都美術館など、都内9つの国立・都立ミュージアムと東京メトロを舞台にした、アートと謎解きを組み合わせた体験型イベントである。新人学芸員が古い文献に挟まれた謎の紙切れを発見するところから物語が始まり、参加者は各館を自由に巡り、作品を鑑賞しながら9つの謎を解き、ストーリーを読み進めていく。ミュージアムを訪れることや作品を鑑賞すること自体が、物語を進める行為になるのである。

また、角川武蔵野ミュージアムでは、2026年11月から「謎めくミュージアムと記憶の欠片」が開催される予定である。ミュージアムショップで販売される謎解きキットを手に、ウェブサイトも利用しながら館内を巡り、物語を体験する企画だ。

こうした企画は、謎解きや物語をきっかけにミュージアムを訪れる動機を生み出し、展示や施設を新たな視点で楽しむ機会を提供している。

私がさらに考えてみたいのは、ミュージアムグッズそのものが物語への入口となるARGである。館内での体験が終わったあとも、持ち帰ったグッズを通して物語が続いていく。そこから資料への関心が深まったり、ミュージアムとの関係が再び動き出したりする可能性がある。

また、物を集め、記録し、調べ、保存するというミュージアムの活動そのものを、物語を通して体験することもできるのではないだろうか。

ミュージアムを物語にするとき、何をフィクションにするのか

ARGには、現実に存在する場所や物などにフィクションを入り込ませ、現実のなかにもうひとつの現実をつくり出す面白さがある。しかし、ミュージアムを舞台にするなら、現実とフィクションの境界をどこに置くのか、慎重に考える必要がある。

これは単に「博物館だから何となく気をつけたほうがいい」という話でもない。ICOM(国際博物館会議)の「職業倫理規程」では、資料の取得や管理、展示に関するさまざまな原則が示されている。展示や公表に際しては、情報の正確性や十分な根拠が求められ、模造品や複製品についても、その性質を明示することが重視されている。現実とフィクションの境界を揺らすARGと、資料や情報についてその根拠を明らかにしようとするミュージアム。両者を組み合わせるとき、この違いは無視できない。

例えば、実在しない収蔵資料や架空の来歴、存在しない研究成果を、ミュージアムが示す事実であるかのように物語へ組み込めば、それはARGの仕掛けであると同時に、館が発信する情報への信頼にも関わってくる。だからといって、ミュージアムでARGをつくるべきではない、ということではない。むしろ、現実と虚構の境界を曖昧にすればするほど面白いと考えるのではなく、どこに境界を引き、何を事実として守り、何を物語として遊ぶのか。その設計自体に、ミュージアムを舞台にするARGならではの面白さがあるのではないだろうか。

では、ミュージアムを舞台にしたARGでは、何をフィクションにできるのだろうか。ひとつの可能性は、実在する資料やその来歴を改変するのではなく、資料やミュージアムとの関わり方に物語を見いだすことである。ミュージアムには、展示されている資料だけでなく、それらを収集し、記録し、調べ、保存してきた人々の営みがある。また、来館者が展示を見て何を考え、どのような経験を持ち帰るのかも、一人ひとり異なっている。そうしたミュージアムと人との関係も、物語を考える手がかりになるのではないだろうか。

例えば、私は以前、展覧会を訪れた際にミュージアムショップでポストカードを購入し、その日の感想や思い出を書いて、自分宛てに送っていた。いまでは当時のことをすべて覚えているわけではないが、ポストカードを読み返すと、何を見て、何を感じていたのかが少しずつ思い出される。もし、これが私のことを知らない誰かの手に渡ったらどうだろう。書かれた言葉や日付、絵柄などを手がかりに、送り主がどんな人物で、なぜそのミュージアムを訪れたのかを想像するかもしれない。

もちろん、一枚のポストカードから、その人の経験のすべてがわかるわけではない。しかし、だからこそ、そこに残された情報から何がわかり、何がわからないのかを考えることにも面白さがある。ミュージアムが販売した一枚のポストカードが、誰かの手に渡り、言葉を書き加えられ、時間を経ることで、その人の経験を伝える物へと変わっていくのである。

ミュージアムグッズを単なる記念品や謎解きの道具にとどめず、物語と現実をつなぐ媒体として捉えることには、十分な可能性があるのではないだろうか。

筆者はかつて、展覧会の感想や思い出をミュージアムショップで購入したポストカードに書き、自分宛てに送っていた。こうした身近な物からも、物語が始まるかもしれない[筆者撮影]

おわりに

ミュージアムグッズは、展示を見た記憶を持ち帰るための物である。しかし、それだけではない。誰かの生活のなかに残り、その人とミュージアムとの関係を伝える物にもなる。そして、そこから新しい物語が始まる可能性もある。物語が終わっても、物は残る。ならば、私たちがミュージアムから持ち帰った物が、いつか別の物語の始まりになってもいいのではないだろうか。

誰か、私と一緒にARGを作りませんか。

 

参考文献

[文献]
・石川淳一「はじめに」(『ARGガイド2024~過去の名作から『Project:;COLD』まで~』、エレメンツ工房、2024、pp.3-4)
・石川淳一「ARGとは何か~『The Beast』を例として~」(『ARGガイド2024~過去の名作から『Project:;COLD』まで~』、エレメンツ工房、2024、pp.14-21)
・えぴくす「日本のARG史における『Project:;COLD』の衝撃」(『ARGガイド2024~過去の名作から『Project:;COLD』まで~』、エレメンツ工房、2024、pp.36-50)
・えぴくす「日本のARGルネッサンス2024-2025」(『ARGガイド2025~過去の名作から第四境界まで~』、エレメンツ工房、2025、pp.5-19)
・SIM3「『こんなのARGじゃない』—SIM3とARG(2024-2026)」(『ARGガイド VOL.3~日常侵蝕ゲームの世界を紹介する専門誌第3弾~』、エレメンツ工房、2026、pp.41-53)
・三宅陽一郎「IGDA日本代替現実ゲーム部会 第1回研究会『ARG入門・体験型エンタテインメントの現在と未来』参加記―新しいコンテンツの展開の形 ARG(Alternate Reality Game)―」(『コンテンツ文化史研究』第3号、コンテンツ文化史学会、2010、pp.87-94)
・リー猫「ARG新時代の幕開け~第四境界が開いた扉」(『ARGガイド2025~過去の名作から第四境界まで~』、エレメンツ工房、2025、pp.20-34)
・リー猫「REALITY AS A MEDIUM―ARGが拓く未来と無限の可能性―」(『ARGガイド VOL.3~日常侵蝕ゲームの世界を紹介する専門誌第3弾~』、エレメンツ工房、2026、pp.29-40)
・International Council of Museums(ICOM)『イコム職業倫理規程』(ICOM日本委員会日本語訳、2004、https://www.icomjapan.org/wp/wp-content/uploads/2020/03/ICOM_code_of-ethics_JP.pdf)
・Kim, Jeffrey, Elan Lee, Timothy Thomas, and Caroline Dombrowski「Storytelling in New Media: The Case of Alternate Reality Games, 2001–2009」(『First Monday』14巻6号、2009、https://doi.org/10.5210/fm.v14i6.2484)
・McGonigal, Jane「‘This Is Not a Game’: Immersive Aesthetics and Collective Play」(『Melbourne DAC 2003: Streamingworlds Conference Proceedings』、2003、pp.116-125、https://janemcgonigal.com/wp-content/uploads/2010/12/mcgonigal-jane-this-is-not-a-game.pdf)

[ウェブサイト・事例資料]
・第四境界「第四境界 公式サイト」(https://www.daiyonkyokai.net/)
・SIM3「日本におけるARG」(https://sim3.net/exparg/Japanese_case.html)
・ミュージアムラリー2026「謎解きミュージアムラリー2026|東京メトロ×国立・都立ミュージアム」(https://www.museumrally.com/)
・角川武蔵野ミュージアム「ところざわサクラタウン×リアル謎解きゲーム『謎めくミュージアムと記憶の欠片』」(https://kadcul.com/event/287)
・Smithsonian American Art Museum「Ghosts of a Chance: A Story of Spirits」(『Eye Level』、2008.10.3、https://americanart.si.edu/blog/eye-level/2008/03/1073/ghosts-chance-story-spirits)
・Smithsonian American Art Museum「Ghosts of a Chance: The End (for now)!」(『Eye Level』、2008.11.13、https://americanart.si.edu/blog/eye-level/2008/13/1061/ghosts-chance-end-now)

※ウェブサイトの最終閲覧日:2026年10月9日。
※ICOMの職業倫理規程は、2026年6月25日に改定版が採択されている。本文で参照したのは2004年版の日本語訳である。