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プライバシーステートメント
著作権とアート
新聞社の展覧会と著作権・所有権
──朝日新聞社文化事業部「山内 健」
影山幸一
没後50年展と著作権の関係を問う
 新聞社が展覧会を企画・主催するというのは意外と知られていないのかもしれない。新聞配達員から美術展の招待券をもらって美術館に行く人でも、美術館が企画し、新聞社は名義貸しくらいに思っている人もいるだろうし、多くの人はそんなことも考えずに美術館へ行っているに違いない。しかし、新聞社は展覧会をはじめ各種イベントの企画や運営、管理を行なっている。新聞社の展覧会担当者は時にはプロデューサー、あるいはキュレイターのように展覧会を作り上げているのだ。全国に読者を持つメディアである新聞社の企画者は、美術館というハコを持っていない分、フレキシブルに大きなスケールで事業展開をすることができる。社会的に影響力をもつ新聞社の展覧会は、どのように企画立案されるのだろうか。またそれにはどのような意味があるのだろうか。著作権保護期間50年との関係や知的財産の考え方など、新聞社のオピニオンを伺いたいと思った。「没後50年 横山大観──新たなる伝説へ」展(以下、「大観展」)を国立新美術館で1月23日〜3月3日まで主催するのは、朝日新聞社 である。事業本部文化事業部に所属する山内健(やまのうち けん)氏(以下、山内氏)に新年早々お会いすることができた。著作権にまつわる取材は、時には細い糸を切れないように手繰ってゆくような感じがあるが、新聞社として著作権処理の必要な展覧会も様々な困難を乗越えた結果の開催なのだろう。展覧会企画時における著作権に関連した話を伺った。山内氏は、以前、東京本社内の知的財産センターに所属していたが、2007年9月より美術展やオペラなどを企画・管理する文化事業部に籍を置く。今秋開催予定の「ピカソ展」を担当している。

知的財産センター
朝日新聞社文化事業部 山内健氏
朝日新聞社文化事業部
山内健氏
 現在、都営地下鉄大江戸線の築地市場駅すぐ上に建つ朝日新聞社は、明治12(1879)年1月25日に大阪で創刊第1号を発行した。わかりやすく、親しみやすい大衆向け新聞を、というのが創業時のモットーだった。明治21(1888)年には東京へ進出。さらに、活字の自社鋳造や記者の欧米派遣、輪転機の導入など、日本の新聞界では初めての新機軸を次々に打ち出した。株式会社の経営体制で営業収入3,875億円。朝刊811万部、夕刊358万部を発行する日本を代表する新聞社である。社員数5,750名。東京本社にいる約120名の事業本部(文化事業部、メセナ・スポーツ部、業務推進部)のうち文化事業部は約40名で、30名ほどが展覧会に関与している。山内氏が以前所属していた知的財産センターは、事業本部内の著作権チームから独立して、2005年春東京本社に開設された。その業務は朝日新聞社が所有する知的財産である主に新聞記事や写真の転載などの利用許諾やフォトイメージの販売、あるいはフォント(書体)、辞書のライセンス販売などである。約15名のスタッフが務めており、山内氏は、他社の媒体が記事や写真のニュース素材を二次使用する際の許諾の窓口を担当していたそうだ。

横山大観の50年
 明治元年(1868)茨城県・水戸に生まれた横山大観が1958年2月26日に亡くなってから、今年でちょうど50年。著作権保護期間も満了となる節目の年となる。「大観展」では国内に所蔵されている《夜桜》《生々流転》《或る日の太平洋》など、代表的な作品が勢ぞろいするほか、ボストン美術館からの里帰り作品《月夜の波図》など4点を展示。さらに大観芸術と密接な関わりのある古画(《槇楓図屏風》尾形光琳など)との比較展示など、新たな大観評価の出発点となることを目指すと言う。横山大観は東京英語学校に学んでいたが、東京美術学校の開校とともに入学し、岡倉天心や橋本雅邦らの指導を受けた。のちに日本美術院の創立に参加し、日本画の近代化を志して、朦朧体と呼ばれる技法を開発した。2002年に東京国立博物館で開催された特別展「横山大観 その心と芸術」(2002年2月19日〜3月24日)では近代日本画壇の巨匠・大観という観点からの展示であった。今「大観展」では日本の美術史全体から見た大観をとらえ、入れ替え展示と合わせて合計78作品が2,000平方メートルの展示室に展示される。水墨画、やまと絵、琳派や、無彩色と彩色のある絵を描き分ける狩野派の技法に学んだその手法などが鑑賞できる。著作権が2008年末日をもって消滅する横山大観だが、2002年の横山大観展を当時の文化企画部員として担当した山内氏は、今回の展覧会はそれに重きを置いて企画されたものではないと言った。日本の美術家の著作権意識を高める目的では、横山大観や平山郁夫など知名度の高い美術家を通じて著作権処理を正しくする話題は前から挙がっていたと言う。しかし、今展は没後50年の区切りで大観をしっかりと鑑賞する企画にしたと言う。著作権保護期間内であれば(社)日本美術家連盟 などに払うべき使用料は支払わなければならないと山内氏。遺族が明かした大観の使用料は年間1,000万円ほどと新聞記事が報じていた。

企画ロマン主義ではいられない
 入場者数の多い順に2007年開催の展覧会を見ると、「レオナルド・ダ・ヴィンチ──天才の実像展」(東京国立博物館、朝日新聞社)約80万人、「大回顧展 モネ」(国立新美術館、読売新聞社)約60万人、「オルセー美術館展」(東京都美術館、日本経済新聞社)約48万人、「日本美術が笑う/笑い顔展」(森美術館、日本テレビ放送網)約35万人、「異邦人たちのパリ 1900-2005展」(国立新美術館、朝日新聞社)約32万人。関西では、「正倉院展」(奈良国立博物館、読売新聞社)約24万人、「狩野永徳展」(京都国立博物館、NHK、毎日新聞社)約23万人、「若冲展」(相国寺承天閣美術館、日本経済新聞社)約12万人。そして過去最多の入場者数記録は、1974年に開催された「モナ・リザ展」(文化庁、東京国立博物館共催)で150万人を超えた(「アートシティ『展』」白鳥正夫の記事より)。これらデータが語る展覧会から、東京への集中、現代美術の集客力の弱さ、新聞社の影響力が浮かび上がる。山内氏によると、展覧会企画はゼロから美術館と共同で作り上げていく場合もあるが、百貨店などを会場にイベント会社など外からの持ち込み企画も多いそうだ。その時著作権に特別配慮して企画することはない。朝日新聞社では、読売新聞社が主導する美術館連絡協議会 のような美術に関係した全国連携の組織は作らず、一つの展覧会に1人、もしくは複数の担当者がつき、出品交渉・図録作り・開催・閉幕・撤収・返却といった展覧会全体のマネジメントを行なう。主催となる展覧会は多いが、すべてをオーガナイズする場合から名義貸しだけなど、その内容には濃淡があり、1人あたり平均すると年間2、3件の展覧会を開催していることになると言う。また「クリエイターがゼロから知恵とコネクションで構築していく企画のみが企画だと思い描いている企画ロマン主義のような学生がいるが、多くの人の関連で作られる新聞社の展覧会企画の現場では、ゼロから立ち上げていくことは少ない。展覧会の内容の充実はもちろんだが、新聞社の想定しているターゲットは広いこともあり、動員数を考慮しなければいけないところがある。たとえば美術の専門雑誌を読んでいる人が数千人として、それ以外の人にも見てもらえるように宣伝、グッズ開発、イメージ戦略などが必要。新聞の読者サービスと、全国の文化度アップに貢献する役割から、新聞社がやるべきマスをターゲットにした規模の動員を目指す展覧会というのが選出されてくる。ただし100万人、1,000万人の動員があればいいわけではなく、一人の企画者の意図を伝える展覧会としては、10万人あたりが文化イベントの一つの目安なのかもしれない」と山内氏は語る。

130周年記念事業
 創刊130周年の記念事業などの中から代表的な展覧会を挙げてみよう。2008年の年明けは「大観展」に始まり「ルーヴル美術館展」(1月24日〜4月6日、東京都美術館その後神戸市立博物館)、「ガレとジャポニスム展」(3月20日〜5月11日、サントリー美術館)、「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」(6月7日〜8月17日、北九州市立美術館その後Bunkamuraザ・ミュージアム)、「国宝 法隆寺金堂展」(6月14日〜7月21日、奈良国立博物館)、「『國華』創刊120周年記念  対決──巨匠たちの日本美術展」(7月8日〜8月17日、東京国立博物館)、「フェルメール展」(8月2日〜12月14日、東京都美術館)、「液晶絵画 Still/Motion展」(8月23日〜10月13日、東京都写真美術館)、「横浜トリエンナーレ 2008」(9月13日〜11月30日、横浜・新港ふ頭仮設会場ほか)、「ピカソ展」(10月4日〜12月14日、国立新美術館・サントリー美術館2会場同時開催)など大型展が続く。そのほか注目の事業として、大阪本社が保管していた1931年の満州事変前後から敗戦までの、アジア各地で撮影された7万枚を超える写真をデジタル化する「朝日新聞歴史写真アーカイブ」を構築し、そのうちの約1万枚を2009年の初頭にインターネット公開するデジタルアーカイブ事業がある。

創造を萎縮させない環境
 著作権の保護期間は、メキシコの100年を最長とし、欧米の先進国では70年が主流だ。国際的に統一されておらず、保護期間を現行の50年から70年へ延長するかどうかなど、国内でも意見が対立している。50年か70年か保護期間のみを検討するだけでなく、著作権法そのものがインターネット時代に相応しいものか、著作権の国際規約であるベルヌ条約や、著作権制度の見直しを視野に入れた、議論が求められる。「著作権が、知的財産という言葉に変わったあたりから、文化の権利というより商売の道具になったような胡散臭さを感じる」という山内氏。著作権の対象の背景には各産業があり、その産業規模の度合いによって権利主張の強弱も決まってくるのだろう。美術の産業規模は、文学と映画・音楽の中間に位置していると。さらに山内氏は「著作権は、許諾という強い権利であり、金銭で解決できればやりようもあるが、著作権者からNOと言われれば終わり。そうかといってNOを言う権利を奪っていいかと言うと問題なのだろう。また、著作権を懸念するあまり、創造する環境が萎縮してゆくのはもっと問題だ。そのあたりをうまく解決できるといい。一番困るのは権利者のわからないもの。わかっても“文化人名録(著作権台帳)”や“著作権者名簿”に名前がなく連絡先が探せないときだ。著作権処理をするべく努力をしたくともできない状況がある。そのときは図録の最後に、『…連絡を下さい。』と記入して対処している。もっと手間の省けるシンプルな制度がほしい」と述べた。2009年1月の運用開始を目指し、ベルヌ条約の無方式主義に抵触しないよう著作権保護期間を登録制にする著作権者データベース「創作者団体ポータルサイト」(仮称)が、日本音楽著作権協会(JASRAC)など17団体の参加する「著作権問題を考える創作者団体協議会」で検討されている。しかし、このデータベースを誰がどのようにメンテナンスするのか、遺族の誰に引き継がれたのかなど登録後の維持・更新を心配する山内氏である。

著作権の対象は無体物
 現行の日本の著作権法に照らして、今後10年の間に保護期間が消滅する代表的な芸術家を挙げてみる。2010年にフランク・ロイド・ライト(1959年没)、2011年に瑛九(1960年没)、2012年に柳宗悦(1961年没)、2013年にイヴ・クライン(1962年没)、2014年にジャン・コクトー(1963年没)、2015年に三好達治(1964年没)、2016年にル・コルビュジエ(1965年没)、2017年にアンドレ・ブルトン(1966年没)、2018年にルネ・マグリット(1967年没)、2019年に坂本繁二郎(1968年没)と、毎年著作権保護期間が満了となっていく。パブリックドメインとなるそれらを利用する機会が増えていく。ここで気に留めておきたい裁判として「顔真卿(がんしんけい)自書建中告身帖事件」(最高裁昭和59年1月20日第二小法廷判決)というのがある。中国唐代(8世紀)の著名な書家・顔真卿の真蹟作品《顔真卿自書建中告身帖》を所蔵する財団法人が、書道関係の出版社を、許諾なく写真の複製から出版したとして、所有権侵害で訴えた事件である。作品の所有者の許諾なしに、複製物の制作・販売を行なえば、所有者の使用収益権を侵害するとした。またこの解釈は、広く承認された実務慣行に合致していると主張した。しかし、裁判では、所有権の対象は有体物であり、著作権の対象は無体物であるという違いが明らかになった。そして最高裁判所は「美術館において著作権が切れた著作物の作品観覧や写真撮影について料金を徴収、または写真撮影をするのに許可を要するのは、作品の有体物の面に対する所有権に縁由するものである。一見所有権者が著作物の複製などを許可する権利を専有しているかのように見えるが、それは反射的効果にすぎない。所有権者が著作物の複製などを許諾する権利をも慣行として有するとするならば、著作権法が著作物の保護期間を定めた意義はまったく没却されてしまうことになる。仮にこのような慣行があるとしても、これを法的規範として是認することはできない」との判決を出し、財団法人の上告を棄却。しかし、山内氏はたとえ著作権保護期間の50年が過ぎたとしても、道義的な慣習や礼儀はあると、法律だけでは済まない現場の様子を教示してくれた。

○今回artscape上に無償で掲載したいと考えていた、横山大観の作品《或る日の太平洋》と《月夜の波図》の画像は、展覧会広報を目的にした許諾のため、展覧会終了後には削除となる。また《顔真卿自書建中告身帖》の画像についても、所有権者と面談の上、その結果により 5,000円の使用料が発生する可能性があった。このような理由により、これら3点の画像掲載を見送った。

●記事中関連する著作権法
〈美術の著作物等の原作品の所有者による展示〉第四十五条 美術の著作物若しくは写真の著作物の原作品の所有者又はその同意を得た者は、これらの著作物をその原作品により公に展示することができる。
〈美術の著作物等の展示に伴う複製〉第四十七条 美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第二十五条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる。
〈保護期間の原則〉 第五十一条 著作権の存続期間は、著作物の創作の時に始まる。2 著作権は、この節に別段の定めがある場合を除き、著作者の死後(共同著作物にあつては、最終に死亡した著作者の死後。次条第一項において同じ。)五十年を経過するまでの間、存続する。
〈保護期間の計算方法〉 第五十七条 第五十一条第二項、第五十二条第一項、第五十三条第一項又は第五十四条第一項の場合において、著作者の死後五十年、著作物の公表後五十年若しくは創作後五十年又は著作物の公表後七十年若しくは創作後七十年の期間の終期を計算するときは、著作者が死亡した日又は著作物が公表され若しくは創作された日のそれぞれ属する年の翌年から起算する。

■山内 健(やまのうち けん)略歴
朝日新聞社事業本部文化事業部。1968年8月28日東京都文京区生まれ。京都大学法学部卒業。1992年朝日新聞社入社。趣味は読書とJAZZ鑑賞。今秋国立新美術館とサントリー美術館の2会場で開催する予定のピカソ展を担当。

■朝日新聞社
所在地:東京都中央区築地5-3-2(東京本社)
創刊:大阪・江戸堀の社屋で1879年1月25日
社主:村山美知子・上野尚一
代表取締役社長:秋山耿太郎
営業内容:日刊新聞の発行。雑誌、書籍、年鑑などの出版、その他
発行部数:朝刊811万部、夕刊358万部(全国)
資本金:6億5,000万円
営業収入:3,875億円(2006年度)
国内発行所:東京、大阪、福岡、名古屋、札幌
国際版印刷拠点:ロンドン、ヘーレン(オランダ)、ニューヨーク、ロサンゼルス、シンガポール、香港
社員数:合計5,750名(2007年4月1日現在)

■参考文献
阿部浩二「美術品の複製物と使用収益権の効力」『ジュリスト』No.811, p48-p49, 1984.4.15, 有斐閣
斉藤博「有体物の支配と無体物の支配」『ジュリスト』No.815, p244-p246, 1984.6.10, 有斐閣
中山信弘(東京大学判例研究会)「最高裁判所民事判例研究」『法学協会雑誌』第102巻第5号, p213-p219, 1985.5.1
阿部浩二「古美術の複製物──顔真卿自書建中告身帖事件」『別冊ジュリスト, No.128 著作権判例百選[第二版]』p4-p5, 1994.6.5, 有斐閣
阿部浩二「有体物と無体物──顔真卿自書建中告身帖事件」『別冊ジュリスト, No.157 著作権判例百選[第三版]』p4-p5, 2001.5.8, 有斐閣
「著作権延長 綱引き 死後70年か50年か」『朝日新聞』2007.12.28, 朝日新聞社
白鳥正夫「白鳥正夫のぶんか考 アートの周辺を考える」『アートシティ「展」』, 2007.12.17, 能登印刷株式会社(http://21st.c-art-city.com/index.html)2008.1.8
「豊かな未来のために 創刊130周年 様々な記念事業」『朝日新聞』 2008.1.5, 朝日新聞社
2008年1月
[ かげやま こういち ]
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