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学芸員レポート
札幌/鎌田享|青森/日沼禎子東京/南雄介大阪/中井康之
北の創造者たち展 Lovely─らぶりぃ─
札幌/北海道立近代美術館 鎌田享
樫見菜々子
樫見菜々子 展示風景
堀かをり
堀かをり 展示風景
森迫暁夫
森迫暁夫 展示風景
 5月28日まで、札幌芸術の森美術館で「北の創造者たち展」と題するシリーズ展が開かれていました。この展覧会は、毎回テーマをもうけながら北海道の現役作家数人を取り上げるもの。同館の名物企画として数年置きに開かれてきましたが、10回目となる今回のタイトルは「Lovely─らぶりぃ─」。北海道生まれあるいは在住で20代から40代の若手・中堅作家、8名の作品が紹介されています。ということで五月晴れの1日、緑豊かな札幌郊外にたたずむ美術館を訪れてきました。
 展示室の初めに紹介されているのは樫見菜々子。わずかな刺繍とかすかな彩色が施されたカーテンをくぐるとそこは、ふわふわとしたカーペットが所々に敷かれた小部屋。そのあちらこちらには、ベルベットやフェイクファーでつくられたウサギやイヌ、カラスのぬいぐるみが置かれています。ところがこのぬいぐるみ、よく見るとウサギの耳が三つあったり、カラスは全身毛むくじゃらだったり……。柔らかな素材と色彩でおおわれたこのインスタレーションは、ぬくもりとはかなさとを秘め、作者の心のうちをかいま見るようなアンチームな印象を見せています。
 続いて展示されているのは堀かをりの作品。ざっくりとした服を身にまとったウサギの人形が、何匹も一列に並んで彼方に向けて行進したり、大きな荷物を傍らにたたずんだり…。ひとつひとつのウサギたちの倦み疲れつつも気高さを感じさせる姿態と表情が、粗く色あせた素材感やおさえた照明とあいまって、静寂な空間を生み出しています。
 このほか、おさえた色調と緻密な図様でレトロ感ただよう世界を展開する森迫暁夫のイラストレーション、精緻ながらも透明感ただよう描写で幻想的な人物像を描く松村繁のアクリル絵画、ふくよかなフォルムのうちにしっとりとした肌合いと湿潤な色彩をそなえた松原成樹の陶器、透明フィルムに手指を使って夢にみた場面を描いた設楽知昭の巨大な壁画、軽快な線と色彩であたたかなシーンを刷りだす彼方アツコの銅版画、そしてかすれた色感とぬくもりのあるテクスチャーが魅力的な佐々木雅子の漆を使った立体作品……。「らぶりぃ」という今回のテーマをキーワードに、かわいらしさ、あたたかさ、アンチームさといった印象をそなえた作品が集められています。
 展示室を巡って気がついたのは、これらの作品がいずれも手の中から生まれてきたものであるということ。ひと針ひと針縫い上げたぬいぐるみや人形、ひと筆ひと筆(ひと指ひと指)描きつけられたイラストや絵画。陶芸にしても漆芸にしても版画にしても、どれも手仕事とは切り離せないものです。
 他人に何かのメッセージを伝えるときに大事な点は、何を伝えたいか(内容)と、それをどう伝えるか(語法・文脈)だと、これはプレゼンテーション論の要として語られることです。でも、何を伝えたいのか自分ではよくわからないし、ましてやそれを伝える論理的な手法なんか思いもおよばないけど、それでも誰かに何かを伝えたくて、つい言葉が先に立ってしまうときって、ありませんか? それから、日記を書いているとき、メモを作っているとき、取りとめもなく言葉を紡ぎ出していくうちに、自分の考えが立ち上がっていくこと、自分の思っていたことがいつのまにか文字になって表われることって、ありませんか?
 現代美術を前にして、そこから作者のメッセージを、作者のコンセプトを読み取ろうと、ときに四苦八苦している自分がいます。でも、言葉にはならない思いを形にしようとすることが、美術が生まれる原点だとしたら……。手仕事ってとても魅力的な要素じゃないかなと、この展覧会を見て思った次第です。
 らぶりぃ=本当に愛しきものは、掌のうちから生まれ育まれるのかも、しれません。
会期と内容
●北の創造者たち展 10th Anniversary Lovely
らぶりぃ
会場:札幌芸術の森美術館
札幌市南区芸術の森2丁目75 Tel.011-591-0090
会期:2006年4月15日(土)〜5月28日(日)
[かまた たかし]
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