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災害写真

Disaster-photography
更新日
2024年03月11日

災害写真とは多くの場合、天災の被害や状況を報道する写真を指す。災害史を専門とする北原糸子によれば、2000年代に入り、磐梯山噴火(1888)、濃尾地震(1891)、東京地震(1894)、庄内地震(1894)といった明治期の災害と、写真を含む視覚メディアについての詳細な調査がなされ始めたという。災害写真研究の遅れについて北原は、写真自体の散逸や、芸術写真研究の優勢、報道写真研究自体が日清戦争(1894-95)・日露戦争(1904-05)を起点になされていたことなどを挙げている。災害は写真だけでなく、新聞・雑誌などの活字、個人の日記や手紙、錦絵や版画、幻燈、映画など、その当時人々が使用した複数のメディアを通し記録され、報道された。写真というメディアが災害の記録に利用され始めたのは、1885年の大阪淀川の洪水あたりからとされ、磐梯山噴火や濃尾地震から飛躍的にその数が増加したという。プロのカメラマンによる記録に加え、明治も下るほどに、アマチュアたちの撮影も増加していった。1923年の関東大震災における、視覚メディアとその表象について精緻な分析を行なったジェニファー・ワイゼンフェルドは、写真を中心とする災害表象には、スペクタクル、崇高、差別や暴力、復興、追悼・記念といった多種多様なメッセージが織り込まれていることを示した。こうした研究の蓄積は、現代における災害写真、および災害の表象を考えるうえでも有用だろう。写真は、ひとつの災害をすべて記録できるわけではなく、また他のメディアにおいてもこの点は同様である。しかしわれわれは、記録の不可能性を知りながらも、災害を知り、考え、伝えるため、写真に向き合い続けるのだろう。

補足情報

参考文献

『明るい窓:風景表現の近代』,柏木智雄、倉石信乃、新畑泰秀編著,大修館書店,2003
『アフターマス 震災後の写真』,飯沢耕太郎、菱田雄介,NTT出版,2011
『関東大震災の社会史』,北原糸子,朝日新聞出版,2011
『メディア環境の近代化 災害写真を中心に』,北原糸子,御茶の水書房,2012
『Photographers’gallery press no.11 写真とカタストロフィー』,photographers’ gallery,2012
『関東大震災の想像力 災害と復興の視覚文化論』,ジェニファー・ワイゼンフェルド,青土社,2014