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『中心の喪失』ハンス・ゼードルマイア

Verlust der Mitte(独), Hans Sedlmayr
更新日
2024年03月11日

ウィーン学派の影響下に中世美術・建築を専門とした美術史家ハンス・ゼードルマイアによる1948年の著書名であり、また芸術を通して無神論的近代の病を指摘する、大戦前後にわたる一連の文明批評的言説をも指す。同書は自然を目的とした純粋庭園、芸術や産業を目的とした建築、また純粋視覚や無意識を強調する絵画、台座ばかりか首や手足もない彫刻などを徴候に、大聖堂に象徴される総合芸術や共感覚、イコノロジー(芸術の意味作用)などの死を宣言する。これが近代の人間精神における、純粋性の極端な追求、対立の発生、非有機的なものへの愛着、地盤からの遊離、無意識など下方向の傾向性、上下の無化など、神なき〈自律的〉人間が抱える病の指摘に繋がる。すなわち19世紀以降、西欧ヒューマニズムの伝統が喪失したという指摘であるが、これは近代芸術批判というよりむしろ、時代を診断する材料としての芸術の役割を認めた上での議論である。事実、彼は近代芸術の「業績」を61年の論文「デミウルゴス時代の芸術」で列挙した(『光の死』1964所収)。また同書中でも先行世代による様式史的方法による美術史学の限界に言及しながら(『芸術と真実』1956に発展)、最終章「予後と決意」で、絶望のうちに積極性を見出す態度から、単なる復古ではないかたちで文化や精神性の回復を促す。ただし同書は当時から、宗教偏重の立場から近代芸術を全否定したものと理解され、同時代芸術への賛否論争を誘発した。この経緯の反映か、英訳書タイトルが“Art in Crisis”となったことは、著者には不本意だったという※1。

著者

補足情報

参考文献

『芸術の条件』,小田部胤久,東京大学出版会,2006
『中心の喪失 危機に立つ近代芸術』,ハンス・ゼードルマイヤー(石川公一、阿部公正訳),美術出版社,1957
『光の死』(SD選書),ハンス・ゼーデルマイヤ(森洋子訳),鹿島出版会,1976
『芸術と真実 美術史の理論と方法のために』,ハンス・ゼーデルマイア(島本融訳),みすず書房,1983

注・備考

※森洋子「訳者解説」、H・ゼーデルマイヤ『光の死』鹿島出版会、1976、p.245。