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富山県立近代美術館事件

The Museum of Modern Art,Toyama Incident
更新日
2024年03月11日

富山県立近代美術館の企画展「とやまの美術」(1986)に招待された美術家の大浦信行が、1982年から85年にかけて昭和天皇の図像を部分的に引用して制作した版画連作《遠近を抱えて》全14点が、同展終了後に県議会の教育警務常務委員会で議員によって「不快」と糾弾されたことをきっかけに、右翼団体による抗議活動を招き、これらを受けた同館が同作の非公開と売却を決定し、なおかつ同展の図録を焼却した事件。その後、裁判闘争に発展した。公立美術館が「表現の自由」や「知る権利」を侵害した事件として知られている。94年、大浦を含む美術関係者や市民有志は、富山地裁で国家賠償請求訴訟を起こした。原告側は「鑑賞する権利」をもとに作品の特別観覧および買い戻しと図録の再版を求めたのに対し、被告側は「管理運営上の障害」と「天皇のプライバシー侵害の疑い」を理由に一連の処分を正当化した。原告側の証人として、美術評論家の三木多聞、憲法学者の横田耕一、博物館学者の君塚仁彦らが証言した。98年の地裁判決では、「管理運営上の障害」と「天皇のプライバシー侵害の疑い」を認めず、特別閲覧の不許可は違法としたが、作品の買戻しと図録の再版については退けた。原告側の一部勝訴といえる判決だったが、原告被告双方ともに控訴。2000年の控訴審判決は、天皇の肖像権が制約を受けるとした一審判決を支持したが、「管理運営上の障害」を認め、原告の請求をすべて認めなかった。原告は最高裁へ上告したが棄却され、15年に及ぶ裁判闘争は終わったが、09年、沖縄県立美術館で開催された「アトミック・サンシャインの中へ in 沖縄 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」展に展示される予定だった《遠近を抱えて》が「教育的配慮」を理由に排除されたことは、日本における天皇制と検閲の問題がいかに根深いかを物語っている。

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参考文献

『富山県立近代美術館問題・全記録 裁かれた天皇コラージュ』,富山県立近代美術館問題を考える会編,桂書房,2001
『法政研究』67巻4号,「富山・天皇コラージュ事件 公立美術館の『展示(公開)』の性質と表現(芸術)の自由について」,大城渡,2001
『週刊金曜日』1998年12月25日,「天皇コラージュと表現の不自由」,中北龍太郎,金曜日
『アート・検閲、そして天皇 「アトミックサンシャイン」in 沖縄展が隠蔽したもの』,沖縄県立美術館検閲抗議の会編,社会評論社,2011