バックナンバー
2023年08月01日号のバックナンバー
フォーカス
【イルクーツク】ごみの埋め立て地がミュージアムに──文化的価値と都市のメンツのジレンマ
[2023年08月01日号(多田麻美)]
門の手前には、中世風の戦艦が二隻並び、その先では、古い要塞を象ったかのような木造の門が来場者を招き入れる。中に入ると、空想の世界の兵士の人形がずらり。素朴な造りだが、大きくて数も多いのでぎょっとする。
一見、テーマパークのようにも見えるが、実はこれらの素材はすべて廃棄されたごみ。そのことを思い起こさせるかのように、入り口付近を時折、ゴミ回収車が勢いよく走り抜けていく。
ごみ処理の作業員たちの趣味に端を発したこのワイルドな展示空間がいま、イルクーツクの顔として名を広めつつあり、皮肉にも、まさにその知名度ゆえに存続の危機に瀕している。
【パリ】二つの展覧会から見るアート、その価値と「お金」
[2023年08月01日号(栗栖智美)]
セーヌ川を挟んでルーヴル美術館の向かい、そしてオルセー美術館の隣にひっそりとたたずむ建物がある。864年にフランス国王の命で設立された世界最古の国有企業、コイン鋳造を担うパリ造幣局だ。現在でもユーロ硬貨やレジオンドヌール勲章などを作っている由緒ある公的機関である。
ここに美術館があり、さまざまな企画展やアートフェアが行なわれているのを知る人は少ない(硬貨製造に関する深い知見が得られる常設展示室も敷地内にある)。現在の企画展示は、まさにこの場所で開催されるのがふさわしい「L'Argent dans l'art(アートにおけるお金)」という展示だ。芸術とお金の密接な関係と、古代から続くそれらの絶え間ない変化を探求する。古代の神話や貨幣の発明から今日の非物質化された作品に至るまで、200点近い作品を年代順に紹介している。
アートとお金。これまでも切っても切れない関係の両者だったが、ここ数年、アート市場の隆盛とSNSの普及で一般人にもアート作品の購入が身近になっている。また、ブロックチェーン技術の発達により、アート作品の真贋証明、作品売買の簡便化、クリプト経済の誕生など、アートとお金の関係はますます複雑かつ密接になった。
今回はパリ造幣局での「L'Argent dans l'art」展示と、今年2月にフランス国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)が購入したNFT作品の展示を通して、アートとその価値、そしてお金について考えてみたい。
キュレーターズノート
わからない、からこそ──YCAMという場で教育普及担当ができること
[2023年08月01日号(今野恵菜)]
今年開館20年を迎える山口情報芸術センター[YCAM]では、2003年の開館当初から教育普及に関する専従のスタッフが複数在籍しており、2023年の現在に至るまで、ギャラリーツアーのような作品鑑賞をサポートするプログラムや、アートやメディアについて考えるためのオリジナルワークショップなどの制作を続けている。いずれの取り組みも、突き詰めた先には「アートをどうつくるか」につながっている。
地元作家と展覧会をつくる──「今森光彦 里山 水の匂いのするところ」展
[2023年08月01日号(芦髙郁子)]
私が滋賀県立美術館で働くことになったのは、2022年8月からである。つまり、私が担当している現在開催中の「今森光彦 里山 水の匂いのするところ」展は一年にも満たない準備期間のなかで開催されたということになる。とはいえ、企画自体は数年前から立ち上がっていて、私はそれを引き継ぐかたちだった。滋賀県立美術館で、今森光彦展を開催するにあたり、今森の長年にわたる「里山」シリーズをまとめ、総覧できる展覧会にしようという方向性は既に今森と今回の展示の関係者のなかで共有されており、あとはどのような切り口で展覧会を開催するかを考える必要があった。