鴎外の居宅・観潮楼(現・当館)は、妻・志げが「宅では本が箪笥【たんす】を追い出します」とこぼすほど本が溢れていました(後藤末雄『鴎外先生を顧る』)。内容は文学、医学、哲学、歴史、自然科学、美術など多岐に渡り、鴎外が持つ豊かな知識はこの読書量に支えられていました。
蔵書には自ら買い求めた本以外に、鴎外に贈られた本—いわゆる献呈本も含まれています。北原白秋、木下杢太郎、石川啄木など若い文学者はそれぞれの著書に鴎外への敬慕をうかがわせる献辞を記し、評論家・内田魯庵や美術史家・大村西崖は鴎外が関心のある分野の本を贈りました。そうした現存する本には、鴎外が読み大切に保管した痕跡が認められます。一方鴎外も、夏目漱石や与謝野寛・晶子など信頼のおける文学者に自著を贈り、家族にも本をプレゼントしました。本の贈答は鴎外の若い頃から見られますが、活躍の場と人脈が広がると共に、その数も増えていったようです。
本展では、東京大学総合図書館の鴎外旧蔵書コレクション「鴎外文庫」を中心に鴎外に贈られた本を、そして鴎外日記や書簡をたよりに鴎外が贈った本を展覧します。蔵書を「最も大切にした」(森於菟『砂に書かれた記録』)という鴎外の、〈本〉をとおしてうかがえる幅広い人物交流の様をご覧ください。