藤村記念堂は谷口吉郎作品の中で異色の建築であろう。それは終戦直後の疲弊と困窮の時期に、馬籠の人々が島崎藤村を顕彰しようと記念堂を発起したことに始まり、老若男女総出で建設資材の拾い集めや施工奉仕で建ち上がり、その営みがさらに賛同者を呼び込みやがて大きな輪となって完成した。その記念堂の設計監理を担った谷口は馬籠住民の心意気に寄り添いながら冷静に馬籠・藤村との脈絡や、配置・建築デザインを判断していた。徳田秋聲文学碑は金沢市民を中心に始まった顕彰碑で、谷口は藤村記念堂と同じく終戦直後の文化的営みに賛同した。この営みは全国に文学碑が広がる契機になった。谷口は自らの設計姿勢を思索し続ける一方で、常に過去の建築文化の価値観や美意識にも想いを巡らせていた。明治建築が戦後近代化の中で存否の判断もなく破壊されていくのを目の当りにして保存活動を起ち上げ、その輪が広がり「明治村」が生まれた。本展は多くの人々と一緒に取り組んだ谷口吉郎 の3作品を紹介している。[公式サイトより]