塩月桃甫(本名・永野善吉)は1886(明治19)年、西都市三財に生まれた画家です。1912(明治45)年に東京美術学校図画師範科(現・東京藝術大学)を卒業し、9年間の教職を経て1921(大正10)年に台湾に渡り、台湾美術展の創設に尽力。審査員を務めるなどして約25年間台湾美術界の発展に貢献しました。今年は、そんな塩月が誕生して140年の記念すべき年に当たります。
宮崎県の美術界に多大な影響を及ぼした塩月が、近代美術で果たした役割と画家として追求したものについて改めて考え、現在個人が所有している作品や関連の資料を中心に調査するとともに、塩月の交友関係と相互に与えた影響について整理するものです。