元亀元年(1570)から始まった元亀争乱で、秀吉は越前朝倉攻めの最前線で、また時に「しんがり」として信長の窮地を救う等の重要な役目を担いました。その後、繰り返した国外出兵で朝倉氏は消耗し、ついに天正元年(1573)8月、5代100年続いた朝倉家の命運は尽きることとなります。この時、朝倉義景の死を最も早く知らせたのが、館蔵の「羽柴秀吉書状」です。本展では滅亡へと向 かう朝倉氏の戦いを秀吉とのかかわりから紹介します。あわせて近年収蔵した初公開資料も展示します。