Statement

わたしたちを浸し、ときに溺れさせようとするデジタルイメージ。本展では、イメージを多様なネットワークへ接続させ、現実を動かす力へと変換する仕組み「フォーマット★1」に着目し、イメージとわたしたちの関係を再考します。
招聘作家・中村夏野は、iPadで描いたイメージを起点に、絵画、インスタレーション、あるいは日用品へのプリントへと縦横無尽に展開させます。彼女にとって、これら諸メディアは孤立した完結体ではありません。それらは異なる物理的特性をそなえた「回路」としてつながり合い、イメージを循環させる動的なフォーマットを形成しています。イメージがどのように生成され、キャンバスや紙などに受肉し、いかにわたしたちへと働きかけてくるのか。その可能性に迫ります。


従来の描く行為とは一線を画す、iPadをもちいた中村の制作プロセス。それは色のグラデーションをもつ円形を、あたかもカラー粘土を引きのばすようにして始まります。この可塑的な変形プロセスでは、描く対象をもとに画面を構成するのではありません。画面を色で満たし、平面に質量や奥行きをあたえる過程から形象がおのずと導きだされるのです。これは、さながら受精卵から成虫へといたる変態のプロセスを彷彿とさせます。《Butterfly Dream#1》にみられる蝶のような様相もまた、形をおもい描いた結果ではなく、始原的な円から出発し、色彩との応答によって変容をとげたメタモルフォーゼなのです。


哲学者カトリーヌ・マラブーのいう可塑性とは、「形をなすという感覚的形象」と、「あらゆる形の消滅(爆発)」という二つの極のあいだに位置するものです★2。デジタル上で「リトライ(破壊・消滅)」を繰り返しながら、色彩との応答で新たな形象を導きだす中村の制作プロセスもまた可塑的であるといえるでしょう。記号・象徴的な形と、生物学的な運動を分かたず、それらが一つの可塑的な回路において、同時に生成、変容、消滅をとげていく「ただひとつの生」★3。この質量や重力から解放された、iPadというプライベートな場に宙吊りにされているダイナミズムは、フォーマットへと流動した瞬間に遠心的なパワーを帯び、社会へと放たれるのです。
「デジタルツールを使っているにもかかわらず、有機的な自然の形に近づいていく」と話す中村。ドローイングアプリのアルゴリズム――コピー&ペースト、反転、回転――を反復してもちいるとき、描いたイメージが、植物の葉脈や宇宙のフラクタル構造、あるいは細胞の律動に近づいていくことは示唆的です。これは、デジタル機械が惑星規模で「有機的なもの」へと進化しつつある現在、計算上の規則性が自然界の形成原理と合流していることを指し示しているといえるでしょう★4。


このデジタルアルゴリズムから描きだしたイメージを物理空間へとインストールするとき、中村の表現はさらなる跳躍をみせます。波形パターンの反復を半透明のシフォンにプリントしたインスタレーション《Untitled》は、ギャラリーの空間を横断します。そして鑑賞者を物質感のない画像が浮遊するメタバースの内部へと誘うかのように、中村のフォーマットへ引きこみます。
このフィジカルとデジタルを往来するスケールの転換は、単にイメージの奔放さを称賛しているのではありません。彼女のフォーマットは、デジタルが宿した自然界の形成原理――あの有機的な生命力のうねりをインスタレーションへと拡張することをとおして社会へ働きかけ、政治性をもつにいたります★5。そうして、鑑賞者の集合的知覚を揺さぶることで、イメージから展示全体までをも生きた「社会的な出来事」へと接続させるのです。


こうした空間的・社会的な跳躍を支えるのは、中村の表現の核となる色彩です。日常の空景やK-POPのミュージックビデオの発光色に影響を受けたその色面は、現代特有の感性を体現しているといえるでしょう。それゆえ、その絵画には、自然の美しさの断片とともに、デジタル特有の中毒性とスペクタクルが充満しています。この社会に横たわる両義性をひきうける中村の創造的なフォーマットだからこそ、つねにイメージの変容と循環を許容しつづける「生きた回路」となるのです。
イメージの洪水が押しよせる現代において、この回路にふれるとき、わたしたちはもう一度イメージと初々しく対峙できるのかもしれません。フィジカルとデジタル、自然と人工がフラットにまじわる新たなリアリティの中へと引きこまれ、より鮮やかで複雑な世界とのつながりを見渡すことになるはずです。そして、それが新鮮であると同時に、わたしたちのエモーションを掻きたてる危うさをはらんだ「イメージとの遭遇」であることを、けっして忘れてはならないのです。



★1 David Joselit, After Art, Princeton University Press, 2012年, pp.55–56.
「フォーマット」は、美術批評家デイヴィッド・ジョセリットが提唱した概念。特定の素材(キャンバスや絵具など)と伝統的技法が結びつき、最終的に完結した「作品(オブジェクト)」へと至る従来の「メディウム(媒体)」という枠組みに対し、フォーマットはコンテンツを一時的に凝集させ、異なるネットワーク間を繋ぎ合わせる「動的なメカニズム」を指します。イメージを固定された「物」としてではなく、複製・拡散・再媒介化といった循環のプロセスを通じて「何を行うか」という、変容し続ける「パワー」や「接続のパターン」として定義します。

★2 カトリーヌ・マラブー『わたしたちの脳をどうするか──ニューロサイエンスとグローバル資本主義』、桑田 光平訳、増田 文一朗訳、春秋社、2005年、10–11頁参照。
マラブーが提示する「可塑性(plasticité)」は、①粘土のように「形を受け取る能力」、②造形芸術のように「形を与える能力」、③プラスティック爆弾(plastic)の語源にもつうじる「形を消滅させる能力」、三つの多層的な意味をもつ概念です。

★3 カトリーヌ・マラブー『ただひとつの生──生物学的抵抗、政治的抵抗』、星野太訳、『表象』第 11 号、2017 年。

★4 ユク・ホイ『再帰性と偶然性』、原島大輔訳、青土社、2022年、24–25頁参照。

★5 Boris Groys, Politics of Installation, e-flux journal, no. 2, January 2009.
グロイスは、インスタレーションを作家の主権による空間の「私有化」と捉え、鑑賞者を「マルチチュード(集合体)」へと組織する政治的行為と位置づけています。




Exhibition
SUCHSIZE (大阪市西成区山王1-6-20) 
会期:2026年7月3日(金)〜8月29日(土)のうちの金・土曜 13:00〜18:00
*日〜木はアポイント承ります
料金:入場無料


Event
中村夏野×水野勝仁(メディアアート研究者) トークイベント
日時:7月25日(土)16:00〜17:30
会場:SUCHSIZE
料金:入場無料 
※先着15名様は椅子席あり(予約不要)
※18:00からアフターパーティー有



ーーー
主催:SUCHSIZE
助成:大阪市
設営:霜野 真瑛
翻訳:和田太洋、Mary Lou DAVID



Kano NAKAMURA| 中村夏野 (b.1999, Tokyo)
京都市立芸術大学大学院油画領域修了。植物にも宇宙にも見えるがどちらでもないこと。印刷かのようで手描きであること。コピーとオリジナルが同時に並ぶこと。デジタルかフィジカルかではなくデジタルとフィジカルとそのどちらでもであるということ。境界を越え、曖昧さを引き受けることは、既存のカテゴリーへの抵抗であり、新たな在り方を探る過程でもある。
近年の主な展覧会は、個展「まだ名前のない場所」2025年(BnA Alter Museum Room Number: 703/京都)、個展「宇宙とハエ」2025年(AWASE Gallery/東京)、個展Art Rhizome KYOTO2025「逆旅京都」2025年(三井ガーデンホテル京都三条プレミアム/京都)、グループ展「EAST EAST TOKYO 2025」2025年(科学技術館、東京)、グループ展「アートアワードトーキョー丸の内2025」2025年(行幸地下ギャラリー、東京)
https://lit.link/kanonakamura