篠田桃紅は、水墨の仕事をするたびに、無限の墨いろと、その余白に生まれる静謐で美しい白に、尽きることなく心を惹かれたと語っています。日々、墨と紙に対峙しながら制作を続けてきた桃紅は、墨と紙が見せる折々の表情を、きわめて繊細に感じ取っていました。
桃紅は自著のなかで、
「白い紙に墨で線や点を書くと、紙の白は別の白に生まれ変わるような気がする。紙の白さが、さらに白くなる、とでもいうのか──」
と記しています。
墨の線や点が置かれることで、余白の白は単なる空白ではなく、墨色の余韻を湛えた新たな広がりを獲得します。そこには、墨線の力によって立ち現れる、もうひとつの白が存在しています。同時に桃紅は、その変容する白のなかに、白という揺るぎない存在の重さ、そして深さを見出していました。
白い和紙に引かれた墨の線は、余白の白に新たな息づかいを与え、また、深遠な墨いろの面を走る胡粉の白い線は、奥行きのなかに一条のきざしをもたらします。桃紅の作品において、白は、墨を際立たせる背景ではなく、墨と拮抗し響き合いながら空間を形づくる、欠かすことのできない色のひとつなのです。
本展では、桃紅作品のなかから、墨とともにある「白」に焦点をあてます。桃紅の心を震わせつづけた永遠の白と黒。その静かなせめぎ合いと豊かな余韻を、作品を通して見つめます。