フォーカス
手と心の触感──向京の「この世界は良くなるのか?」展と「手で触れる」展
多田麻美
2011年11月01日号
反骨の作家、向京(シアン・ジン)がふたたび新作を携えて戻って来た。9月23日より今日美術館で「この世界は良くなるの?──向京作品2008-2011」展が開催されたからだ。
2005年に季節画廊で行われた「保持沈黙 keep in silence──向京作品2003─2005」展が、当時まだ取り壊し計画に抗う意味合いをもって開かれていた798芸術祭で強い反響を呼んで以来、向京はずっと筆者にとって次の作品に出会えるのが楽しみな作家のひとりだった。
構造のなかのヒト
向京と聞いてピンと来ない方でも、椅子に座った女性の巨大な裸体像といえば、ああ、と思い出されるかもしれない。2008年に798の当代唐人芸術中心で開かれた「全裸」展も、「保持沈黙」で話題を呼んだこの「あなたの身体」シリーズのテーマを一部受け継いだものだった。
通俗的な手法を避けず、概念を弄ぶこともなく、彫刻の原点に立ち返り、その言葉に力を取り戻させたい、とかつて語っていた向京。そんな彼女の今回の新作も、かなり野心的なものだった。
そのテーマは「雑技」と「動物」。向京によると、2008年に女性をテーマにした展覧をしていた最中に、すでに次のテーマを考え始めていたという。最終的に雑技と動物をテーマにした理由は、自らの内に人類の境遇全体への関心が育つなか、「この二つはある構造関係のなかに置かれた人の状態を表現できる」と考えたためだ。
向京が「凡人」シリーズにおいて形作る雑技団の団員たちは、団、あるいは出し物全体のなかの一パーツとして、想像を絶する身体の限界に挑んでいる。だがその限界は明らかに若干誇張され、そもそも雑技がもっている人間の摂理に反する痛みを増幅している。この微妙な痛みが、雑技そのものの視覚的美しさと対照をなしつつ、心理的触感として観る者のなかに残る。これを見て多くの人は雑技は身体を酷使する、人間性に反した試みだ、と感じるかもしれない。だが、人間が社会的動物である以上、自分がそのひとりでない、と何人の人が言いきれるだろう。