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【台北ほか】ポストコロナ時代に輝く、見に行くべき台湾の現代建築選──オランダ人建築家による前衛作品をメインに
謝宗哲(東京大学大学院工学博士、台湾高雄大学非常勤助教授)
2022年10月01日号
9月29日、台湾政府は日本人観光客のビザ無しでの受け入れを再開し、10月13日以降は入境後3日間の隔離も撤廃される予定だ。これで、いよいよ台湾へ自由に渡航できるようになる。さて、この2年半の間に隣国の風景はどんなふうに変わっただろうか。台湾を拠点にする建築家であり、日本の現代建築を紹介しながら、両国の建築文化の交流を促してきた謝宗哲氏に、台湾の最新現代建築を紹介していただく。(artscape編集部)
2022年の秋、コロナ禍での混乱が収束に向かいつつある現在、世界中の誰もが、少しでも早く国境が開放されて活発な交通と旅行の自由が回復し、過去の繁栄を取り戻すことを熱望している。多くの台湾人にとって最も行きたい国は日本であるが、裏を返せば、台湾は日本の方々にとって訪れる価値のある国だといえるかもしれない。それは、台湾政府が2000年以降推進してきた一連の文化的建築が、10年以上の建設期間を経てやっと、この閉鎖された2、3年の間に次々と完成したためである。その数多くの建築のなかでも、ここではメカノー(Mecanno)による《衛武営国家芸術文化センター》(2018)、《台南市立図書館(新本館)》(2021)、それからMVRDVによる《台南河楽広場(The Spring)》(2020)、《台南新化果菜市場》(2021)、そしてOMAによる《台北パフォーミングアーツセンター》(2022)などのプロジェクト、つまりオランダ建築家グループたちの作品をメインに取り上げたいと思う。何故なら、台湾は2024年に向けて、最も古い町である台南市において、オランダ人の建てたゼーランディア城の建造(1624-)から400年という重大な歴史的タイミングを迎えるからである。これから紹介するオランダ人による新建築は、まるで400年前の歴史を再現するかのように、再び台湾に上陸したともいえる。それはまさに「歴史の同時性(シンクロニシティ)」さながらに我々の目に映り、実に興味深い。この一連の新建築は斬新な設計思想や美学センスを持ち込んで、台湾現代建築の様相を一新し、ポストコロナ時代の2022年現在に輝いている。
1. 都市に新しい表情を与えた3つの劇場建築
《台中国立歌劇院》《衛武営国家芸術文化センター》《台北パフォーミングアーツセンター》
21世紀に入ってからの台湾の新建築の歴史を遡ってみると、2014年に竣工された伊東豊雄の手がけた《台中国立歌劇院》が、その記念すべき第1号である。その特徴は局面壁がつくり出した洞窟のような空間で、人々の身体感覚及び動物本能に訴えかけ、自然環境を彷彿とさせる建築は、台湾のそれまでの建築概念を覆した。竣工披露された当時市民たちの五感に与えた鮮烈な衝撃は、大変印象深い。
その次はオランダのメカノー(Mecanno)による《衛武営国家芸術文化センター》である。何故この2つのプロジェクトに同時に触れるかというと、これらはどちらも台湾国家芸術センターに属し、そして2000年代初頭にコンペを開催し(《台中国立歌劇院》は2005年、《衛武営国家芸術文化センター》は2007年)、さらに同じく施工過程も難航し続け十数年の歳月をかけた仕事になったからである。まるで時代の風に吹かれたかのように、《台中国立歌劇院》は「洞窟」、《衛武営国家芸術文化センター》は「緩やかな丘」という、2者とも自然環境をシミュレートしたかのような、ランドスケープ建築となったのである。
《衛武営国家芸術文化センター》の外観は、1枚の「凹み付きの曲がったプレート」と見なすことができる。それに覆われた敷地には3つの音楽ホールが納めてある。音楽ホールの入り口やロビーを除いて、グランドフロアは完全にオープンな公共エリアとなっているが、直射日光が当たらず、風が通り、光は周りや局所の天窓から入ってきて、気持ちいい都市生活の場所として賑わう。それから、ここの目玉はやはりその大ホールであろう。音響環境および空間の演出効果を極めるため、ベルリン・フィルハーモニーの「ヴィンヤード型」レイアウトを導入し、台湾でもっとも優れた音楽ホールのひとつになり得たのである。
続いては、14年(2008-2022)というさらなる時間を費やして、ついに今年の夏に竣工した、OMAのレム・コールハースがデザインした話題作、《台北パフォーミングアーツセンター》。その奇抜な外観、1つの直方体の塊に3つの劇場が形そのままに差し込まれて宙に飛び出た様子には、誰の目も奪われるであろう。それは建築の美醜を問わない、暴力的なビジュアル・インパクトで、コールハースの得意技ともいえよう。
コールハースは彼の著作である『錯乱のニューヨーク』(1978/ちくま学芸文庫、1999)のなかで、ニューヨークのマンハッタンにおける2つの極端な形態パターンは「針」と「球」だと論じている。「針」は極小の土地に最大の高さを実現するのに対して、「球」は最小の表面積で最大の容量を包む形態だという。つまりその2つの形態のパターンは現実の世界、要するに資本主義をベースにつくり上げた建築環境における究極形だと考えられる。コンペ時の厳しい与条件(限られた敷地内に3つの劇場を要求)にも関わらず、「球」の技を用いて最小の表面積で最大のボリュームを納めることに成功し、彼が主張するマンハッタニズムにおける「ビッグネス」の論理を見事に披露した。最初の提案が発表されたときに、外観の形態が台湾のストリートフードというかB級グルメの「百頁豆腐+貢丸+米血」を連想させるとして、かなり話題になった。それはあくまでも設計の与条件をクリアするために打ち出された解決策と見なされるが、現実の難所を上手く転換した結果であり、コールハースはやはり凄いなと改めて感動した。
この建築の造形の素直さはもちろん、内部空間の脱構築的構成もまた素晴らしい。非均質的な階高で各フロアを積み重ねると共に、彼の主張する型破りな建築的発明であるエスカレーターとエレベーターによってさまざまな空間を繋げていく。地面階と2階は誰でも気兼ねなく寄って入れるアトリウム的な都市の大客間になっており、その円状の縞模様や大理石で仕上げた床面がさらに場所性と儀式性を醸し出す。3つの劇場(Grand Theatre、Globe Playhouse、Blue Box)はそれぞれのプログラムに沿って成立していると同時に、必要に応じて三位一体のスーパー大劇院に合体することも可能である。また、この建築は単に観客向けであるだけではなく、すべての市民を歓迎すべく、建築全体に貫通するチューブ状の立体通路(Public Loop)が設けてある。それはエスカレーターや階段、廊下、屋上テラスなどを繋いで構成された公共スペースで、人々は気軽にこのルートに沿って、巧みに組み合わせられた内部空間の状態を体験することができる。なお、僅かでありながら、劇場やリハーサルルームなどの一部を覗き込むこともできる。これらの仕掛けによって、このプロジェクトが提唱する、公共建築に問われる自由さ、解放感、無階級的空間などを実現したと考えられる。間違いなく台湾という民主的な国にぴったりの新しいシンボルである。
2. 現代社会における最後の神殿
《台南市立図書館(新本館)》《屏東県立図書館総館》
オランダ建築家グループのメカノーによる《台南市立図書館(新本館)》に対する第一印象は、中国北京の天安門広場の前にある人民大会堂に少し似ているというものである。その理由は、ボリュームがあまりにも堅苦しく四角形で、しかも古典的な建築言語である柱列によってファサードの表現を形つくり、オーソドックスで厳粛なトーンになっているからである。とはいえ、知識の収集と共有のための場所として、図書館はまさに現代社会における神殿のような存在で、それは相応しいニュアンスなのかもしれない。
図書館の最も目を引く特徴は、反転された段状の外観である。リズミカルに置かれた4本組みの細い円柱が張り出しを支え、現代的竹林を織り成すかのような感覚をもたらしている。その軒下の空間は日光の直接当たらないエリアで、図書館と町の間の中間領域の役割を果たしている。それは台南の熱帯気候に対応してデザインされたという。
また、印象的な建物の頂部は、古い町の装飾的な格子窓に似た、花のパターンが彫り込まれた何枚もの垂直のアルミニウムの薄板で覆われ、建築の外観に豊かな表情を与えている。そして、すべてのフロアを貫く赤い彫刻的な階段室が、幾何学的な建物に躍動感のあるエレメントを加えている。それは、階段を囲む繊細な木製の薄板を透かして、あらゆる場所から見ることができる。この表情豊かで空間的な階段室は、著名な小説家ボルヘスの「バベルの図書館」を彷彿とさせ、図書館の無限で広大な感覚を抱かせる。
全体的には、この建築は広々として透き通り、木の内装に包まれて温もりを感じさせる。そして中央部にある吹き抜けは、開放感や崇高感のある場所性をもたらし、堂々たる都市の広間という役割を演じている。
次は《屏東図書館》(2020)。メカノーと協働して台南図書館の詳細設計を行なったMAYU architects+という台湾建築家グループが設計した、見逃せない台湾現代建築の傑作である。台南案に比べてこじんまりとした《屏東図書館》は古い図書館を増改築したもので、その完成はかつて二流三流とされていた地方都市の屏東に注目を集めた。外観に黒いV字型の鉄骨構造と三角形の天窓の開口部、そして内部は温かみのある木のパネルとの組み合わせ、視覚的に透明で開放的な軒廊下を図書館の正面玄関に配した。それにより、かつて閉鎖的であった建物は見事に開放的になり、借景の手法によって公園の森の風景を建物の中に取り入れて、大変居心地のいい場所になり、人々が自由に集い立ち寄れるアーバンラウンジとなったのである。それは引き算のデザイン手法で、元々均質で正方配列であった空間に、透明でボリュームのある巨大なヴォイドを配置し、求心性を持った内部アトリウムを創り出した結果と考えられる。古い図書館の内部は大きなアトリウムを取り入れることによって、開放感のある場という特徴が与えられた。そして視覚的な焦点は、各フロアをつなぐアトリウムに設けられた螺旋階段であり、それに沿って各フロアに上り、さまざまな図書エリアや読書室などの空間を自由に移動し、静かに歩き回ることができる。
3. 自然環境に帰還するランドスケープ・アーキテクチャー
《台南河楽広場(The Spring)》《台南新化果菜市場》
2つともオランダ建築家グループMVRDVによるデザインである。
まずは台南市の中心部に位置する《台南河楽広場(The Spring)》である。このプロジェクトは荒廃したショッピングモール「台南中国城」を取り壊し、緑豊かなジャングルに成長する植物に囲まれたアーバン・ラグーンに変え、都市を自然とウォーターフロントに再接続する、公共空間デザインである。歴史的記憶を残すため、あえて中国城の遺跡(柱や梁など)を設計の一部とし、ローマ帝国の遺跡を想起させるのは実にうまい。このプロジェクトは、新しい公共広場や水遊びスポットとしての機能に加えて、公共交通機関の道路の改善、交通の減量、そして地元の自生植物を増やすという目的なども含まれる。それによって、フレンドリーかつ自然な生活環境が形成され、さまざまなアクティビティでこの広場の活性化が図られ、この地域が昔の賑わいを取り戻し、そして新しい未来を迎えられることを期待する。
次の《台南新化果菜市場》は台南の東部郊外に位置し、平野と山の間にあり、幹線道路に隣接しているため、周辺の農村地域や都市へのアクセスが優れている。MVRDVによって設計された緑の屋根を持つこの異形の市場は、台南市の野菜と果物のサプライ・チェーンのハブとしての機能を果たすだけでなく、一般の人々が食品生産と農業の体験に参加できるようにするという、より積極的な目標を持っており、建築を通して都市農業の可能性を問うものである。シンプルで開放的な構造に設計されており、天井が上下することを可能にし、天井の下のスペースは十分な自然換気を提供している。段々畑やなだらかな丘陵のように、屋根は東端で徐々に高さが低くなり、地面に軽く触れている。人々は農場の屋根に簡単に登り、さまざまな地元の作物を育てること、そして田園の風景を楽しむことができる。建物自体の外観は、なだらかな緑の丘の形であり、周囲の自然景観に矛盾なく溶け込んでいる。
以上の紹介は、見るべき台湾の現代建築のあくまでほんの一部である。どうぞ是非台湾へ来て、ご自分の目で確かめてみてください。では、台湾でお会いしましょう。
台中国立歌劇院
No. 101, Section 2, Huilai Rd, Xitun District, Taichung City
衛武営国家芸術文化センター
No. 1, Sanduo 1st Rd., Fengshan Dist., Kaohsiung City
台北パフォーミングアーツセンター
No. 1, Jintan Rd., Shilin Dist., Taipei City
台南市立図書館(新本館)
No. 255, Kangqiao Blvd., Yongkang Dist., Tainan City
屏東図書館
No. 69, Dalian Rd, Pingtung City
台南河楽広場(The Spring)
No. 343-20, Zhongzheng Rd, West Central District, Tainan City
台南新化果菜市場
No. 17-6, Xinyi Rd, Xinhua District, Tainan City