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展覧会を持ち歩くことで見えてくる風景──「風の目たち/The eyes of the wind」
鈴木沓子(ライター、翻訳、編集者)
2023年10月15日号
不安定な情勢を抱える一部の地域を除いてではあるものの、パンデミックが収束に向かうにつれ、国を越えた移動に際してのハードルは次第に以前の状況に戻りつつある。アートスペースの立ち上げや「ATAMI ART GRANT」などの展覧会企画に携わってきたアート・アンプリファイアの吉田山氏が、2022年に個人的に始めたポータブルな展覧会プロジェクト「風の目たち/The eyes of the wind」は、「機内持ち込み手荷物」の範囲に収まる作品で構成されるミニマルなグループ展であるものの、偶発性を呼び込む図らいによって海を渡った現地の街に新たな風景を生んでいる。全貌を見ることの難しいこのプロジェクトの道行きについて、ストリートアートなどを中心に執筆活動を行なうライター・翻訳家の鈴木沓子氏に寄稿いただいた。(artscape編集部)
「ポータブルかつウルトラライト」な展覧会
ロシアによるウクライナ侵攻が長期化するなか、ロシアでは近隣諸国へと国外脱出を図る市民も後を絶たない。ロシアからの移民・難民が目指す国のひとつがジョージア(旧グルジア)だ。ジョージアは長くロシアの支配下にあった歴史を経て独立したため、反ロシア感情はいまだ根強い。そのためロシアからジョージアに移住した移民難民をめぐって分断も生まれている。緊張感のはらむ外交情勢で社会不安が募るなか、2022年9月、ジョージアの首都トビリシのobscuraというアーティストランスペースで「風の目たち/The eyes of the wind」が開催された。
「最小限のサイズで移動するポータブルかつウルトラライトな展覧会」と銘打った同プロジェクトには有機的かつ戦略的な仕掛けがある。参加アーティストは、あらかじめ主催者側から提供された5センチメートルの正立方体の箱に収まるサイズでそれぞれの作品を制作。作品は箱に格納され、キュレーターは20点の作品を「手荷物」扱いで飛行機に持ち込み、開催地に運ばれ、展示される。
コロナパンデミックやロシアによるウクライナ侵攻、円安の影響などで困難になってきた海外での展示や現地アーティストとの協業は企画とキュレーションを手がける吉田山氏のDiYとノマド精神によって「風まかせに」スタートした。
「窓」を活用した場所性と関係性の転換
第1回目はジョージアの首都トビリシ、第2回目は2023年6月にトルコのイスタンブールで開催。トビリシの展覧会では展示後、見学者に好きな作品を1点持ち帰って、好きな窓辺に展示し写真撮影してもらっている。また企画者の吉田山氏と共同主催の藤生恭平氏はトルコ国内の各地をめぐり、地道に作品を恒久設置できる場所を探し、候補となる店や路上、船などの公共交通機関側と交渉した屋外展示のプロセスのアーカイブを、写真や映像を用いて制作中だという。それは作品が生み出す、目には見えないネットワークとさまざまな視点によって、既存の地図やガイドブックを塗り替える試みといえる。
つまりアーティストに作品の規定サイズを課すルールで開催されたプライマリーの展覧会のあと、「窓辺に展示して撮影すること」という新しいルールのもと、いわば第二の展示がいまも現地で続いているということになる。街と直結する「窓」に展示することで、ストリートから不特定多数の人によって鑑賞可能であるという点で、見学者は参加者へ転じ、作品はパブリックアートへの転換を促すデザインが仕掛けられている。さらに写真や映像で記録することによって、おそらくキュレーターや参加アーティストが想定しえない新たな作品が生まれているはずだ。
トビリシで開催した際に出会ったアーティストが本展のために制作した作品は、日本国内では「Bサイド」としてBLOCK HOUSE(神宮前)4Fのギャラリーで2022年12月に展示されたが、主催者側も含め、ほとんどの人がプロジェクトの全貌を実際に見て把握することはできないという特性をもつ。そのため、窓辺の展示風景を撮影した写真や映像を用いた、展覧会の図録やアーカイブとしてだけではなく、ユニークな街歩きマップとしても機能するものを構想して制作中だという。
台風のように美術制度や慣習をかき混ぜる
国境や制度を越境しながら作品を介した人と人とがゆるやかにつながっていくさまは、川俣正氏の言葉を引くなら「ワーク・イン・プログレス(工事中)」でもあるし、さまざまな形態へとメタモルフォーゼしながら構築される有機的なグローバルネットワークは、具体派やフルクサスが実践したメール・アートと親和性が高い。
「風の目たち」というタイトルについて、吉田山氏はこう説明する。
「窓のもつパブリック性がおもしろいなと思ったんです。ショーウインドウの展示だと誰も在廊しなくていいし、ある意味ストリート・アートですよね。1階に出窓のある家の前を通ると、窓にぬいぐるみを飾っていたりするじゃないですか。〈内と外〉、〈見る・見られる〉の関係性が反転している。そして窓はもともと英語で『風の目(The eyes of the wind)』と呼ばれていた。まだガラスがない時代、壁に穴が空いてるかのような窓が、目のメタファーでもあったわけです」。
窓と絵画の親和性について指摘したのは、イタリア・ルネサンスの人文学者レオン・バッティスタ・アルベルティ(1404-72)だが、窓は景色や風景を切り取るフレームであると同時に、プライベート空間である家と公共圏のストリートの媒介でもある。
そして「風の目」という慣用句は台風をも意味するように、この展覧会は美術制度のあり方にも静かに揺さぶりをかけるだろう。同プロジェクトと展覧会のスタートが、スターリンの生誕地であり、ウクライナ侵攻で国内の分断が深刻化しているジョージアであったこと、そしてEU圏内にあるのにいまだにEUに加盟できないトルコで2回目の展覧会が開催されたことは決して偶然ではないはずだ。
アートバーゼルとUBSが分析する「The Art Basel and UBS Global Art Market Report」(2023年度版)によると世界のアート市場の規模は約9兆円規模に達し、その市場は上位4カ国であるアメリカ、イギリス、中国、フランスによって87%が独占されていることが明らかになった。グローバリズムの拡大と共にアートビジネスも巨大化しているが、その一方で必ずしもフィジカルな作品をもたないソーシャリー・エンゲージド・アート(SEA)が世界的な潮流になって久しく、市場は二極化しているという指摘もある。
しかし「風の目たち」展は、その二極化に識別される対立項にも相互侵入し、国境や制度やジャンルを縦横無尽に横断して錯乱を生んでいる。台風が竜巻や突風であらゆるものを壊したり社会をごちゃ混ぜにして、新しい景色を見せるように、このささやかなプロジェクトがやがて新しい潮流を切り拓くプロヴォケーター(扇動者)となる可能性は無視できない。
風の目たち/The eyes of the wind
Vol.1A(ジョージア、トビリシ)
会期:2022年9月30日(金)※1日間のみ/その後、街の窓辺に恒久設置
会場:obscura(16 Pavle Ingorokva St, T'bilisi, Georgia)
出品作家:やんツー、水戸部七絵、小松千倫、太田琢人、細井美裕、竹久直樹、敷地理、河野未彩、青柳菜摘、藤生恭平、志賀耕太、前場穂子、新井浩太、柿坪満実子、立石従寛、時吉あきな、小林絵里佳、星拳五、庄司朝美、田沼利規
Vol.1B(東京)
会期:2022年12月7日(水)〜11日(日)
会場:BLOCK HOUSE 4F(東京都渋谷区神宮前6-12-9)
出品作家:Ana Kezeli, Elene Gabrichidze, Francesca Crotti, Mariam Kalandadze, Nino Sakandelidze, Ninutsa Shatberashvili, Nutsa Esebua, Rebekka Ana Aimée Stuhlemer, Sandro Sulaberidze, Sopho Kobidze
公式サイト:http://blockhouse.jp/index.php?itemid=297&catid=1
Vol.2A(トルコ、イスタンブール)
会期:2023年6月4日(日) ※1日間のみ/その後、街の窓辺に恒久設置
会場:FREYAalt(Istanbul, Turkey)
出品作家:Ahmed Mannan、石崎朝子、BIEN、市原えつこ、寺内大登、木村和希、石毛健太、藤生恭平、メグ忍者、松田瑞季、近藤尚、岸本望、山川陸、布施琳太郎、築山礁太、米澤柊、トモトシ、羽香、吉田山、堀裕貴、淺井裕介
企画協力/現地コーディネート:庄司朝美[Vol.1]/藤生恭平[Vol.2]
キュレトリアル・リサーチャー:原ちけい
デザイン:奥田奈保子(NiNGHUA)
プレレビュー:花井優太(tattva)[Vol.1]
コンポジション・エディター:西山萌[Vol.2]
作品輸送箱デザイン:太田拓人[Vol.2]
作品輸送箱制作:木雨家具製作所[Vol.2]
主催:FLOATING ALPS LLC