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東京国立博物館 金子啓明氏に聞く:「国宝 阿修羅展」──古代彫刻から見る天平文化

倉方俊輔

2009年03月15日号

装置としての美術館・博物館

──お話を伺うと、展覧会における「デザイン」を重視されていることがわかります。最新の美術史と考古学の研究成果を踏まえて構成されているわけですが、ただ物を置いておいたり、文章を添えるだけでは、美も背景も伝わらないとお考えなのですね。

金子──それは当然のことで、博物館・美術館には「装置」が必要になります。お寺で見るのとはまた違う空間があるからこそ、博物館・美術館は別の視点を提供できます。それをどうやって最大限に活かすかが、博物館・美術館の大きな使命の一つだと思います。

──所蔵だけでなく、展示もきちんと考えるべきである。その展示も研究成果の啓蒙に留まるものではないと。

金子──博物館・美術館は人が来る。だから、対話が可能になります。対話が成立しない鑑賞というのはありえない。したがって、来る人に何かを発見し てもらうということが重要です。その時にこちらが、それに答えられるような内容を持っていなければいけませんね。時間と空間をきちんと装置によってデザイ ンした、そうしたものの中で初めて対話が可能になると私は考えます。
 その対話が可能だということは、多様な人たちにいろいろな見方を楽しんでもらえるということです。博物館・美術館の研究者のなかでだけすべてが完結する というのではなくて、来てもらう人たちと作品が交流して、そこに新しい発見がある場所ということですね。そのためには装置のつくり方が大事になってきま す。言ってみれば「装置としての博物館・美術館」という考え方を、私は展覧会に対して抱いています。

──なるほど。特に日本語で「博物館」となると、研究者の側が価値を見つけて、観衆はそれを享受するといった性格がまだ強いように思われます。近代日本を背負ってきた元祖「博物館」の東京国立博物館が、それを明確に脱しているというのは歴史的な話です。

金子──これは博物館・美術館のあり方の問題に関わってきます。現在、誰のための博物館・美術館かということが問われています。それが市民のためと いうことは間違いないでしょう。しかし、かつてヨーロッパからはじまった美術館というものが王侯貴族たちが集めたコレクションからスタートした「美の神 殿」だった。そうした「美の神殿」を脱して一般の人たちが参加できるような開かれた博物館・美術館をめざすという方向性が強くなりました。
 もちろん、市民参加はとても重要な要素です。ですが、もう一方では、いい作品の価値というものを言葉としてではなく、感覚として感じてもらうと いうことも、とても重要な要素ですね。形や色の美的な体験。それは博物館・美術館ならではです。そうした視点での「美の神殿」ということは重要なのではな いでしょうか。本当に美しいものを価値あるものとして再認識できる。そういう意味での博物館の機能ということは大事なことではないかと思っています。

金子啓明氏
金子啓明氏

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