フォーカス
周縁からの視線 北京の現代アート展をめぐって
多田麻美
2009年08月01日号
金融危機の影響を受け、「798はすでに廃墟のよう」との噂が日本で流れていると聞いた。確かに、昨年から今年にかけて耳にした噂に景気の良いものは少ない。昨年末は、空きスペースの借り手を求める広告が目立ったし、どこそこの大手画廊が撤退するようだとか、韓国系画廊の1/3は引き揚げたそうだ、などといった風聞も飛び交った。
しかし、本当にそうなのだろうか。確かに大手画廊のいくつかは郊外に移転したし、展覧会の告知も減ってはいる。だが、実際に北京の現代アート・スポット798、草場地、酒廠などを歩いてみると、実力を蓄えた画廊や芸術機構は、やはりそれなりに野心的な展覧を行なっていることが分かる。今回は、その一部をご紹介したい。
海の向こうから観たアジア
まずは、798で一番の老舗ともいえる北京東京芸術工程(BTAP)。ここで5月から7月にかけて、大岩オスカールの「ASIAN KITCHEN(アジアの台所)」展が開かれた。日系ブラジル人である大岩オスカールは、日本での滞在・活躍の経験があり、現在はNYを拠点として創作活動を行なっている。以前から中国には興味があったということで、今回の展覧会を前に初めて北京を訪れ、その印象を作品にまとめた。自らの体験を引用しつつ、西洋人の目から見ると東洋は一つに見える点を指摘。国境を越えた視点から東洋ならではのダイナミズムを描写した。展覧会のタイトルともなった《アジアの台所》という作品では、アジアの国と地域13カ所がシンボル的に嵌めこまれている。
BTAPのエグゼクティブ・ディレクターである田畑幸人氏は、インドを含むアジア各国のアーティストを今後積極的に紹介していきたい、と語る。8月15日に開幕する798ビエンナーレでは、NYで活躍中の多国籍作家7、8人によるグループ展も開かれるもようだ。
一方、798の重鎮ともいえるユーレンス現代アートセンター(UCAA)も負けてはいない。こちらはナウィン・ラワンチャイクンの個展を開催。ヒンドゥー文化をルーツにもつタイ人のラワンチャイクン氏は、日本の永住権を持ち、福岡とチェンマイやバンコクの間を行き来しつつ作品を発表している異色のアーティストだ。
今回目玉となったのは、《Super China!》と呼ばれる人生ゲームに似たすごろく。ラワンチャイクン氏は、ART(芸術)が(M)ART(市場芸術)に転化した時代、世界の芸術市場をまたにかけて活躍するキュレーターは超人「キュレーターマン」であり、一切はその手中にあるのだ、と指摘する。そして、芸術が生き延びるための架空の会社「芸術求生集団公司」を立ち上げ、観客をゲームに巻き込んでいく。ゲームではシミュレーションによって、芸術市場へのデビュー、あるいはそこからの撤退が導かれるのだ。
ラワンチャイクン氏にしても、大岩氏にしても、西洋と対峙するアジアや東洋という範疇を視野に、敢えて中国に焦点を合わせ、地域性に目を向けつつ、多国籍的な視点から壮大なファンタジーを構想しているという点は共通する。偶然とはいえ、798で時を同じくしてこのような展覧会が2つも開かれたことは、興味深い。欧米の資本に踊らされた感のある中国の現代アート界も、自らの立ち位置を冷静に見つめ直す、或いはそのためにさまざまな視点を欲する時期にきたかのような印象を覚える。
「多国籍」ついでに、798の発展と前後して増加した、北京における各国のアーティストの交流の足跡についても、一言加えたい。
7月1日より駐華韓国文化院で「21Century New Silk road」展が開かれた。韓国出身のLisa
Yeonjung KWON氏が経営する「Q Art & Management」によるキュレーションで、韓国の具本昌やアメリカのデヴィッド・A・パーカー、日本の秋元珠江などのほか、イギリス、オランダ、ドイツ、ブラジルなどから北京での滞在経験のある8カ国12組のアーティストが参加。オープニング当日は、会場に来られなかった多くのアーティストらと、インターネットを通じた映像チャットが交わされた。新たなシルクロードというテーマに因み、北京の変化や中国の現状などをめぐる海外のアーティストら独自の印象が語られた。とりわけ鋭いと感じたのは、北京において地域ごとの特徴や歴史的コンテクストが失われていっているという指摘だった。