フォーカス
周縁からの視線 北京の現代アート展をめぐって
多田麻美
2009年08月01日号
すべてを相対化する視点
また、女性移民作家の展示にも見逃せないものがあった。先述のユーレンスでも、20年前にフランスに移住した女性作家、沈遠の個展が開かれた。今回展示された作品はいずれも頭髪と関わりのあるもので、髪の毛のからまった巨大なブラシを象った《風景 2009》、及び風によって収縮する巻き舌のついた80個のドライヤーによる《Hurried Words》。対話というテーマを重視し、日常的な素材を通じて自らのアイデンティティの問題を静かに見つめる沈遠の作品には、彼女の移民としての経験、思考が凝縮されている。そもそもユーレンスは、少し前から張春晹や尹秀珍など、中国の女性作家の作品を北京で積極的に紹介してきたが、最近は798の他のアート・スペースでも、女性作家の優れた作品が目立つようになった。それらは新たな空間を得て、徐々に存在感を強め始めたかのようだ。
本展覧会を企画した郭暁彦さんは、今後もアジアやアフリカの女性作家を積極的に紹介していきたい、と語る。若手作家の紹介に関してもまだまだ意欲的で、この秋には8人のアーティストによるグループ展が行なわれるという。
同じく女性作家の個展としてはこの他、草場地のGalerie Urs Meile 画廊で行なわれた「Creamy Strawberry」展も印象的だった。江西省出身で現在北京を拠点に創作活動を行なっている陳卉は、舞台系の大学で舞台美術、特にメーキャップを学んだ経験をもつ。そのせいか、描かれる女性は、いかにぼってりとお腹を出して締まりがないように見えても、やはり「今の女性」の香りを強く漂わせている。その女性は、プードルを連れ、どこか空虚なまなざしを投げかける。後ろにはゴミの山。物質世界の爛熟と精神世界の荒廃、といった表面的な対比に留まらず、両者の挟間にキノコのように寄生する女の虚栄、欲望、執着心のようなものまでが垣間見えてくるのが怖い。
パリのポンピドゥー・センターでも世界の200人の女性作家を集めた展覧会が開かれているとのことで、北京での女性作家の展覧会も、これと呼応したものかもしれない。これまで中国の現代アート界では、男性主導がとても顕著だった。女性作家は、夫も作家でない限り、なかなか活躍の機会が得られないとされてきた。だが、著名な男性作家の多くが欧米主導の市場システムに飲み込まれ、中国現代アート市場が停滞し、あらゆる意味での転換期が訪れた今、経済成長やグローバリズムをめぐる神話に懐疑的な視点、むしろそれと距離をおいたり、それを敢えて無視したり、面白がってかき混ぜたりする多様な視点が、改めて新鮮に見えてきたようだ。これまで周縁的存在とされがちだった多国籍作家、移民作家、女性作家らの作品が今新たに放っている魅力が、それを証明しているかのように思われてならない。
展覧会情報
大岩オスカール「アジアン・キッチン」展
ラワンチャイクン「スーパー・チャイナ」展
「21Century New Silk road」展
沈遠「Hurried Words」展
陳卉「Creamy Strawberry」展