フォーカス
越後妻有トリエンナーレ《大地の芸術祭》とは何であったのか?──2000年代日本現代アート論
彦坂尚嘉/木村静
2009年08月15日号
3:越後妻有トリエンナーレの名品の数々
今回の第4回越後妻有トリエンナーレ《大地の芸術祭》では、約370点の作品がありますが、ルーブル美術館に膨大な作品があるのと同じであって、その大半は凡庸な作品に過ぎないのです。多くは低級な作品でしかありません。そういう凡庸の海の中で、奇跡のようなすばらしい作品を見つける事が、楽しみで美術を見ているのです。私の組織しようとしたツアーは、基本として《超1流》のすぐれた作品を見ようというものです。しかし《超1流》の作品というのは、観客の精神が未熟であれば、理解は出来ないのです。
芸術の鑑賞というのは、その人の人格的成熟と見合っているのであって、人格的に低俗な人は低俗な芸術が好きだし、人格的に凡庸であれば、凡庸なものが好きなのです。凡庸な人はレオナルド・ダ・ヴィンチの作品は好きではないし、雪舟は嫌いなのです。人格的に成長して成熟し、高度になれば、高級な芸術が好きになるようになるのです。だから芸術鑑賞は、自分の人格的な成長と成熟をかけた闘いなのです。そしてまた、その人の人格性を現すものだから、欧米の社交界では、芸術の話をするのです。自分の人格と教養の高さの表示になるからです。
さて、そういうわけで、私が名品と思う作品を挙げていきます。
まず、ノイシュタットの作品マジックシアター(作品番号181)です。《超1流》の作品で、ほぼパーフェクトです。人間が作れる限界の高さに近づいた名品だと思います★5。
続いて、リチャード・ウイルソンです。
(作品番号122)日本に向けて北を定めよ「74゜33'2""」。この作品も、私の大好きな作品です。決して主張しすぎない淡い青の色合いに作家の環境への調和の精神が感じられます★6。
アフリカの作家、オギュイベです。
(作品番号110)いちばん長い川。これもすばらしい作品で、大激賞です★7。
2003年の作品である(作品番号138)のアン・グラハムというオーストラリアの女性作家の作品スネーク・パス」です。曲がりくねった山の遊歩道にあり、通る人々に踏まれることや、生えてくる草に埋もれること、土をかぶることも計算に入れて作られていて、6年かけてその場所に馴染んだ蛇の少々お間抜けな顔には、チャーミングな温かさも感じられます。
住民参加型の、そして場所に対しても理想的な調和性の有る作品です。
この、何でも無いモザイクの蛇のアートが、芸術的にも高度に作られているのであってそのことを含めて、理解して欲しいと思います。芸術というのは、何も汚かったり、醜悪である必要も、下品である必要も無いのです。本当の名品は、かわいく、上品なものです★8。
さて最後に、作家的には水準はほんの少し落ちますが、クリスチャン・ラピを挙げ上ておきます。フランスの現代美術は《第6次元》程度の低いものが多いのですが、この人は珍しく《第41次元・崇高領域》のある作家です★9。
「砦61」(作品番号158)は、木で作られた黒い彫刻で、風雪に耐えて2000年からここにあります。今後もどのように風化し、味わいを増していくのか楽しみです。