フォーカス
伝統をめぐるいくつかの流れ
多田麻美
2010年07月01日号
民間芸術をエネルギー源に
先ほどの「実験水墨」でもそうだったように、伝統的な表現手法の新たな可能性を探り、現代アートの要素と融合させていく動きは、決して今の若手作家だけに見られるものではない。フォーク・アートに関してはさらに早く、呂勝中(リュ・シェンゾン)をはじめとする、85美術運動世代の作家の中に、似た流れが認められる。先日、地壇公園内の伝統建築を利用した画廊「一月当代」で開かれた喬暁光(チャオ・シャオグアン)の切り絵の展覧会は、500年の歴史をもつとされる剪紙芸術、つまり紙とハサミのみを用いて制作する素朴な民間芸術の底知れぬ可能性を感じさせるものだった。
喬は呂勝中と同世代の作家。喬が民間芸術に興味を抱いたきっかけは、大学卒業後、伝統版画のメッカである武強からほど近い、衡水で働くことになったことだ。民間芸術を好み、尊ぶ現地の風潮は、喬に電撃的ショックを与えたという。
今回の「空花」展は喬の長年にわたる創作の蓄積が一気に披露されたものだった。モチーフには、羊、鶏、明かり、鹿などが多用され、そのほとんどは伝統剪紙にも登場するものだが、受ける印象はまったく異なった。そこでは、剪紙本来のもつ親しみやすい曲線と、時にユーモアや風刺性に満ち、時に預言的な氏の社会観や宇宙観がふしぎなバランスで溶け合い、まるで紙が現代の民話を語っているかのような効果が生まれていた。
伝統を体得する
その一方、若手の間では、伝統そのものに回帰していく流れも顕著なようだ。儒教文化、国学の復興の動きと連動して、近年の中国では全体的に伝統的なものが見直されている傾向がある。伝統画にしても同じで、実験をしたいが、市場がないから伝統的な画風で描かざるを得ない若い作家がいる一方で、むしろ伝統の手法に深く分け入り、視覚的効果ではなく、人格の発露、精神の修養として水墨画を描き続ける作家がいる。彼らは「実験水墨」の画家のように、水墨画の前衛をめざそうとしているのでも、表現手法上、過去になかった大胆な試みをしているのでもない。
その巨大なスケールで美術関係者を驚かせた「改造歴史」展では、30年の歩みをふまえつつ、ゼロ年代における中国現代アートの歩みが概観されたが、その中でひとつ異色のブロックがあった。それは「気質と文明」展だ。毛筆、墨、紙、硯などの伝統的な表現手段で創作を行なう17人の芸術家の作品が集められたもので、周囲で視覚的実験の大饗宴が開かれている中、そこだけが不思議な静けさを放っており、不意をつかれた参観者も多かったに違いない。だが企画者である呂澎の紹介によれば、これらの作品は、若い作家が伝統を創造的に継承しようとしている動きの表われだという。呂はこう述べる。「彼らにとっては、晩清以前の文人たちの芸術精神と教養を真剣に理解し、体得し、実践することが何より大切なのです」。
以下のサイトにて、すべての作家の作品が観られる。
http://www.reshapinghistory.org:81/download/list/ClassID/187/totalnum/51/pagenum/1