フォーカス
伝統をめぐるいくつかの流れ
多田麻美
2010年07月01日号
「文人」的精神への回帰
こういった流れは、伝統文化をあまりに軽視してきた解放後の歴史の反動だともいえるが、若い世代の一部に、「文人」にあこがれ、「文人」になりたい、という人々が出現している、という現象に気づくと、この流れが現代の若者の生き方の問題とも深く関わっていることに気づく。
士大夫が手掛ける詩文や文人画が最も代表的な例だが、中国には古来より、文人を主体とした、自分の心情を吐露し、鬱屈した気持ちを昇華させたり、自らの素養を高めたりするために表現する、というジャンルが根強く存在してきた。中国でいまだに随筆文学が盛んなのも、同じ流れにあるといえる。一部の比較的若い芸術家の間において、改めて伝統を深く理解し、潜在的な民族的気質なるものを掘り起こそうとする動きがあるのも、以上のような、自己修養と結びついた伝統的な創作の在り方への回帰、だといえるようだ。
取り壊し問題が話題となっている草場地の「空白空間」(White Space)で開幕した孫飛(スン・フェイ)の「其中有象(その中に象あり)」展は、その名の通り真っ白でモダンな空間の中に、伝統的な水墨画が十分なスペースとともに並べられたもので、絵画が壁に溶け込んでいくような視覚的な仕掛けが新鮮だった。だが、中国画の研究と創作に携わる76年生まれの作家、孫飛は、そういった視覚の問題を一切論じようとしない。あくまで伝統画の制作を自己の修養や道の体得と結びつけた、伝統的で唯心論的な立場を貫き続ける。「題材、その外に表われた様子、技法はどれも問題ではない」「中国の絵画はもともとその本質に包容性をもっている」「伝統画はいかなる環境に置かれてもよく、場所は関係ない」と言い切る孫は、これまでもいろんな場所で展覧会をしてきたという。そこには逆説的なラディカリズムさえ感じられ、そこから何がどう育つかは未知数だとしても、若手作家の新たな伝統との関わり方を示すものとして、興味深く感じられた。