2022年08月01日号
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フォーカス

「ルール」を介した表現

多田麻美

2011年02月01日号

 ルールや原則など、ある特別な「設定」のもとに行なわれる表現、というものがある。インターネット中毒が社会問題となり、バーチャルな世界と日常との境がどんどんと消失しつつある今、敢えてある条件のもとに自らをおいて表現を行なうことは、まるでPCゲームに参加するかのような刺激をもたらすのだろう。急激な経済成長のひずみで、勝者と敗者の格差も広がっている中国。現実世界そのものがゲーム以上に成敗を分かつシビアなものであるのも、あるいはゲーム性がリアリティーをもちやすい理由なのかもしれない。

チャレンジするアート

 ゲームには複数で遊ぶものとひとりで遊ぶものがあるが、いわばロール・プレイのようにひとりの作家が自らの限界に挑戦していたのが、昨年の11月17日から今年1月9日にかけてUCCAで行なわれた盧征遠(ルー・ジェンユアン)の「84日、84の作品」だ。企画は作者の師でもある隋建国(スイ・ジエングオ)。作品は盧が84日間に渡って1日1作品をつくり、その作品を順に展示室に並べていく、というもの。作品の形式に制限はなく、ただ作家自身が「これはアート作品だ」と認めればよい。
 限られた時間内でアイディアの限界に挑むゲームは、曲水の宴などの形で昔の中国や日本にもあったようだが、こちらはそのひとりアート版。時間的制約から、実際の作品そのものは「発想で勝負」というものが中心だったのは言うまでもない。むしろ、自己満足と紙一重の場所に敢えて自らを置き、そのぎりぎりの状態の持続そのものを一種のパフォーマンスとすることで、作家が表現者としての「自己肯定度」に挑むことが意図されていたようだ。


写真1 盧征遠《孤独》(2010)[撮影:張全]


写真2 同上《与海平行(海と平行)II》(2010)[撮影:張全]


写真3 同上《自言自語(独り言)》(2010)[撮影:張全]

アートの「ゲーム」性

 一方、798芸術区の白盒子芸術館でもこの冬、13組のアーティストによる興味深いグループ展が行なわれた。
 この展覧会はその名もずばり「遊戯(ゲーム)」だが、展示作品のうち最もゲーム性を感じさせたのは、「掉隊(落後)」と呼ばれるユニットによる《水墨写生自駕游(水墨画写生ドライブ旅行)》だった。制作者はまず、重慶へのドライブに出るAグループと北京に残るBグループに分かれる。Aは4、5日のあいだ、ドライブに1日10時間を費やす。その間、2時間ごとに休憩し、休憩の合間にBから描く対象と原則について指示を受け、その指示に従って布に絵を描く。Aは描き終わると、Bにショートメッセージで描いた内容をめぐる文を送る。Bはその描写に基づいて、布に絵を描く。
 こちらも、展示される作品そのものよりパフォーマンスの過程が重要。なかでも遠く離れた、あるいは移動中の相手とのコミュニケーションが要だが、その手段には、水墨画と携帯電話、画像と言葉といった対照的な媒体があえて組み合わされていた。


写真4 掉隊《水墨写生自駕游(水墨画写生ドライブ旅行)》のパフォーマンス(2010)[提供:白盒子芸術館]


写真5 同上の展示作品[提供:白盒子芸術館]

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