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福島 木戸英行
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exhibition日本の巨匠が模写した世界の名画: 今よみがえる、泰西名画展覧会

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日本の巨匠が模写した世界の名画: 今よみがえる、泰西名画展覧会
 個人的な話で恐縮だが、ぼくは美大の学部生だったころ日本画を専攻していた。今でも変わらないと思うが、当時の日本画科には1年生と2年生のカリキュラムに模写があった。同級生たちがどのような気持でこのカリキュラムに取り組んだかは知らないけれど、少なくともぼくは結構まじめにやった覚えがある。模写には絵画研究の実感があり、いっぱしの画学生気分を味わえた。そこには、「正当な美術教育」を受けているのだという自尊心をくすぐる何かがあった。
 今から思えば、おぞましいばかりのエリート意識に我ながら呆れはてるが、その一方で、何かを真摯に学ぼうとしていた自分の幼い情熱を懐かしいとも感じる。郡山市立美術館で開催中の本展は、ぼくにとってそうした複雑な感情を抱かせるものだった。
 展覧会では、山本芳翠ら、明治時代初頭にヨーロッパに留学した、わが国の近代洋画の開拓者たちによる模写から、黒田清輝によって指揮された東京美術学校西洋画科の学生たちによるもの、あるいはパトロンたちの注文に応じて制作されたものなど、東京芸大美術館所蔵品を中心に、各地のコレクションから集められたヨーロッパ絵画の模写作品100点以上が展示されている。
 
伊原宇三郎
伊原宇三郎の模写作品
ティツィアーノ「フローラ」

山下新太郎
山下新太郎の模写作品
ベラスケス「マルガリータ王女」
 普段、日の目を見ることの少ないこの種の作品が一堂に会する機会はそうそうないだろうし、たとえば、異なる画家が同じ作品を模写したものを見比べてデッサンの狂いを指摘したり、人物は緻密に模写しているのに、背景となると一気にぞんざいな筆使いになっている作品を見て、「時間がなくなったのかな。それとも飽きちゃったのかな?」などと詮索するのも意外に楽しい。意地悪な見方というのではなく、テレビ番組の「珍プレー集」みたいなもので、日本近代洋画史に名前を残す巨匠たちの人間的な側面を垣間見る楽しみだ。
  同時に、そうしたテレビ番組で必ず「好プレー集」がセットになるように、流石、と唸るほかない作品も用意されている。たとえば、山本芳翠、伊原宇三郎、岡田三郎助、下村観山などの作品がそうだ。彼らの模写は、原画にどれだけ忠実かは別にして、画面の密度と緊張感がほかと比べて明らかに高い。習作の域を出て、独立した絵画作品としても十分に通用するようにさえ思う。
  もちろん、本展企画者の意図は、出品作品個々の優劣を鑑賞させることではなく、明治、大正、昭和と、日本の近代絵画の基礎を築いてきた画家たちの悪戦苦闘の歩みをたどり、絵画という舶来の概念を先人たちがいかに咀嚼し、受容してきたかを明らかにすることだ。そうした意味では、本展カタログ中にも触れられている、戦前各地で盛んに開かれていた模写による「泰西名画展」の存在は興味深い。当時は、展覧会のみならず、模写による泰西名画の美術館構想などが大真面目に論じられていたのである。
  泰西名画という半ば死語と化したこの言葉。字義的には単純に「西洋名画」を指すに過ぎないこの名称に、ぼくなどは反射的に黴臭いアナクロニズムの匂いを感じ取ってしまい、現代でも巷に横行する「泰西名画展」的なものこそ、この国の発想の貧困さを象徴する悪弊として断罪していた。しかし、この展覧会を見た後では、ルーブルの名画群の前にイーゼルを立てて模写をしながら、それを真剣に論じていた100 年前の先輩たちの姿をいとおしいとさえ思えてきたから不思議だ。
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作家:伊原宇三郎、岡田三郎助、久米桂一郎、黒田清輝、下村観山、須田国太郎、高田力蔵
   原撫松、藤島武二、向井潤吉、山下新太郎、山本芳翠、和田英作ほか
会場:郡山市立美術館  福島県郡山市安原町字大谷地130-2
会期:2001年9月15日(土)〜11月4日(日)
開館時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで) 月曜休館
入場料:一般500円/高大生300円/小中学生150円/65才以上無料
問い合わせ:Tel. 024-956-2200

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report学芸員レポート [CCGA現代グラフィックアートセンター]

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富田俊明『泉の話』
富田俊明『泉の話』
2001年 CCGA刊

 「横浜トリエンナーレ2001」に、わが CCGA もひっそりと参加させていただいた。出品作家の一人、富田俊明の作品をサポートするという形だ。
 作品は『泉の話』と題されたインスタレーションで、第1会場であるパシフィコ横浜の中央のストリート状スペースに隣接したブースに展示された。といっても、アトゥール・ドディヤのシャッター絵画や、ジャン・ホァンの「耳無し芳一」写真といった濃い作品に挟まれたせいで、気づかずに通り過ぎてしまう観客も多い模様。それくらいひっそりとした作品だ。
 『泉の話』は、後輩が語った「沙漠の泉」のビジョンとそれを描いた1 枚の水彩画を発端に、富田自らが生まれ育った神奈川県相模原市という土地の水にまつわる記憶を、家族や地元の古老たちへの聞取り調査によって採取したフィールド・ワークがもとになっている。
 土地の人々が語る個人的な物語や伝承はそれぞれに異なる。しかし、そうした個人的な記憶の総体が地域の共同体全体の記憶となり、さらには、相模原という土地固有の物語を超越して、他者であるわれわれすべてをも巻き込み、 DNA に刷り込まれた記憶の輪とでも呼ぶ以外にないものへと変化していく。
 インスタレーションは、富田の旅のきっかけになった水彩画、聞取り調査の際に録音されたインタビュー・テープ、富田が母校の小学校で行ったワークショップの成果である児童画、そして、富田と後輩や土地の人々の対話を収録した、B6 判 120 頁余の本によって構成されている。CCGA がサポートしたのはこの本の制作と出版だ。
  人目を引くような派手な演出や展示がまったくないインスタレーションだが、会場の喧騒をよそに、普段は地中深くにあって人目につかない水脈が泉となって地表に湧き出た、まさにその場所のような空間。ぼくにとって『泉の話』はそういう作品だ。この作品が生まれでる現場に偶然にも居合わせられたことを感謝している。
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第1回横浜トリエンナーレ「メガ・ウェイブ−新たな創造に向けて」
会場:パシフィコ横浜ほか
会期:2001年9月2日〜11月11日

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