Dec. 24, 1996 Jan. 21, 1997

Art Watch Index - Jan. 14, 1997


【アジア太平洋現代美術トライエニアル】
 ………………● 名古屋 覚


Art Watch Back Number Index



アジア太平洋現代美術トライエニアル
会期:
1996年9月27日
 〜1997年1月19日
会場:
クイーンズランド州立美術ギャラリー
問い合わせ:
Queensland Art Gallery
Tel.+617 3840 7333
e-mail: qldartgllib
@peg.apc.org
村上隆/森村泰昌

展示場の一番目立つスペースに浮かぶ“風船”は、 5人の日本人参加アーチストのひとり、村上隆の作品。 「Mr. DOB」と名付けられたコミック風キャラクターは、 日本のサブカルチャーの象徴か。右下の絵画は、 森村泰昌の作品。 西洋の名画のパロディー。

柳幸典

透明なプラスチックの箱の中に色のついた砂で国旗を描き、 箱の中に放ったアリが国旗を崩していく、現代美術ファンにはおなじみの、 柳幸典の作品。会場に置かれたノートに、 「アリに残酷だ」と書き付ける観客が目立った。 日本のアーチストの選定は、インディペンデント・キュレーターの 南條史生がオーストラリア側のキュレーターと合同で行なった。

チェン・ヤンイン

最も印象的だった展示のひとつが、真っ赤なバラの花に点滴をする 中国のチェン・ヤンイン(女性)の作品。「ひとつの考えの中の矛盾」と 題されている。

カミン・ラーチャイプラサー/キム・ミョンヒェ

タイのアーチスト、カミン・ラーチャイプラサーは、新聞紙をこねて 動物やヒトなどの“オブジェ”をつくり、300個以上も並べた。 新聞に現われるさまざまな社会問題を表わしているという。 後方の走り高跳びの台は、「限界まで突き進む」と題された韓国の キム・ミョンヒェの展示の一部。韓国の経済成長至上主義を批判か。

デスティニ・ディーコン

オーストラリアの先住民族アボリジニーの血を引く女性アーチスト、 デスティニ・ディーコンは、自宅の居間をそのままギャラリー内に再現。 マイノリティーとして差別を受ける自己の存在を誇示した。

ユン・ソンナム

韓国のユン・ソンナム(女性)は、鋭い刃が突き出たピンクのソファーなどを 展示。自国の因習に対するフェミニズム的批判が読み取れる。

ブリスベーンのダウンタウン風景

クイーンズランド州立美術ギャラリー前から眺めたブリスベーンのダウンタウン。

撮影:名古屋 覚






Asia-Pacific Triennial of Contemporary Art
http://www.slq.qld.gov.au/
qag/apt/welcome.htm

Queensland Art Gallery
http://www.slq.qld.gov.au/
qag/index.htm

Pauline Hanson Homepage
http://www.magna.com.au/
~onwards/hanson/index.html

The unofficial Pauline Hanson Web Site
http://www.zip.com.au/
~rocket/hanson.htm

Pauline Hanson
http://www.alphalink.com.
au/~ngoh/pauline.htm

Pauline Hanson - Caught in the Web
http://rr.alphalink.com.au/
21hanson.htm

Profile: Yasumasa Morimura
http://http://www.guggenheim.org/
boss/yasumasa.html

Yasumasa Morimura - Reference Page
http://www.artincontext.
com/listings/pages/artist/
8/a9v6bbb8/menu.htm

アジア太平洋現代美術トライエニアル

●名古屋 覚



オーストラリア北東部のクイーンズランド州。州都ブリスベーンは人口約150万人で、同国第3の都会である。湾曲した川に囲まれたダウンタウンには高層ビルが並び、その真ん中のショッピングモールでは、真夏の今ごろ、軽やかな装いの土地っ子や観光客が闊歩し、亜熱帯のムードを盛り上げている。
  このブリスベーンで1993年、「アジア太平洋現代美術トライエニアル」という国際美術展が創設された。主催は、ブリスベーン市の中心部に位置し、同展の会場でもあるクイーンズランド州立美術ギャラリー。「トライエニアル」とは3年に1度の展覧会のことで(イタリア語では「トリエンナーレ」といい、これを耳にしたことのある人もいるかもしれない)、オーストラリア、ニュージーランドなどの大洋州諸国、日本、韓国、中国など東アジア諸国、それに東南アジア諸国の現代美術を一堂に紹介しようという一大イベントであった。第2回目のトライエニアルは昨年9月27日に始まり、1月19日まで開催されている。今回はインド、ニューカレドニアなど4カ国・地域が新たに加わり、全部で17カ国・地域から100名を超えるアーチストが作品を展示している。

なぜオーストラリアで?

どんな作品が出展されたかは写真を見ていただくとして、なぜ今オーストラリアで、「アジア太平洋」をテーマにこれほどの規模の展覧会が実現されたのか。日本では最近、“アジアブーム”といえるほど、アジアの現代美術を紹介する展覧会が増えている。もちろん日本に限ったことではなく、欧米でも、近年の「モダニズムの問い直し」と「多文化主義」の流行に伴ってアジア、アフリカなど「非西欧」諸地域の美術に注目する企画展が目立っているのは事実だ。実は、今回のトライエニアルにタイミングを合わせたかのようなある“事件”が、このイベントに込められたオーストラリアの関係者たちの“期待”を推し量る上で、興味深いヒントになったのである。
  昨年9月、オーストラリア下院の無所属新人議員(女性)、ポーリーン・ハンソンは国会初演説で、「オーストラリア政府は(先住民の)アボリジニーを優遇し過ぎている」「移民の多くはアジア系で、オーストラリアはアジア人であふれ返る恐れがある」などと発言し、「人種差別だ」との非難を浴びた。しかし一方では、特に中流以下の白人のオーストラリア人の中にハンソン議員と同じ考えをもつ人が少なくないとの分析もあり、かつての「白豪主義」から「多文化のオーストラリア」へと転進を図るこの国の、秘めた苦悩をかいま見せた形となった。

“政策”としての国際美術展

美術における近年の多文化主義の台頭とは別に、オーストラリアにとってアジア太平洋地域で今後生き延びていくためには、アジア諸国との関係を深め、かつアジアからの移民を積極的に受け入れて人口を増やし、経済規模を拡大していくことが不可欠である。オーストラリアの推進する「多文化主義」は同国の将来が懸かった重要な政策なのであり、「アジア太平洋トライエニアル」もそういった意味で、ある種の政治的な役割をもつことは無視できない。
  今回のトライエニアルのオープニング・セレモニーにはクイーンズランド州首相、副首相らが列席し、トライエニアル会場に隣接した大きなコンサートホールを埋めた各国のアーチスト、キュレーター、ジャーナリストらに向かって、「アジア諸国との対話の場」(クイーンズランド州立美術ギャラリー館長、ダグ・ホール氏)としてのトライエニアルの意義を強調した。セレモニーではアボリジニーや太平洋の島々の民族舞踊が披露され、“白人たち”がいかに非白人の諸文化を尊重しているかを印象付けたのだった。

“メッセージ・アート”と日本の作家たち

各国のアーチストの選定も、オーストラリア側とその国双方のキュレーターから成るチームが協議によって行なうなど、“民主的な”方針が徹底されている。こうした配慮に、地元オーストラリアのアーチストたちもアジア諸国の作家たちもよく応え、マイノリティーの一員としての自分の存在や、自国の風土、文化、歴史の固有性や問題点を声高に訴えた作品も目立った。造形的な探求を突き抜けて、何らかのメッセージを担わなければ存立しえなくなってしまったような現代美術の大勢の中で、ひとり日本の作家たちの作品だけが共通して、いわばツルリとした内向的な面相で沈黙しているかに見えたのは、喜ばしいことなのかどうか。

[なごや さとる/美術ジャーナリスト]

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