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ArtDiary ||| 村田 真のアート日記
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6月21日(土)

朝7時半、カッセルのホテルを出て、バスでミュンスターへ。ミュンスターでは77年から10年に1度、彫刻プロジェクトが開かれており、今年で3回目。ちなみにぼくが見るのは2回目だ。と、だれかにいったら、「へえー、20年前から見てるんですか」とのたまった。彼(彼女だったかもしれない)のアタマの中では、10年×2回目=20年という計算になるらしい。アホか、10年に1度で今回が2度目だから10年前に決まってるじゃねーか……と、うまく説明できない自分が悲しい。
 11時半頃ミュンスター着。カッセルと同じく、ここも駅前ホテルだ。荷を解いて、さっそく市の中心部にある州立美術館へ。すでに記者会見が開かれていて、ドクメンタほどの数ではないものの、ここも超満員。おや、記者会見につきものの自称美術ジャーナリスト、名古屋覚の姿が見えないぞ。あそっか、彼は昨日カッセルから帰国したんだっけ。この時期ヨーロッパまで来てミュンスターを見ないなんて、レストランでメインディッシュを食わないで帰るようなもんだ。これでもう彼の美術ジャーナリスト生命は、おわり名古屋……なーんちて。
 館内の作品(屋外作品のドローイングやマケットもある)をざっと見て、いざ出陣(営業マンのオヤジか)。地図を見ると、60点ほどの作品が市街にまんべんなく広がってるので、まず遠いところまでタクシーで行って、そこから作品を見ながら中心部に戻ってこようということになる。
 最初に行ったのは川俣正のところ。彼は細長い湖の両岸に桟橋を設け、木造の方舟を往復させている。実はこの作品、アル中患者やヤク中患者を制作に参加させて社会復帰に役立てるという一種の芸術療法で、オランダで進行中のプロジェクト。だからわざわざオランダからアル中やヤク中を連れてきて、湖畔で数週間キャンプしながらつくったんだって。ホテルに泊めちゃうと酒飲んじゃうから。で、川俣だけは仕事が終わってビールを飲むから、自分こそアル中じゃないかと思ったとか。以上、一緒にキャンプしていた安斎重男さんから聞いた話でした。残念ながら桟橋に舟の姿はなく、向こう岸に行ってるらしい。
 岸沿いに歩いて、イリヤ・カバコフの作品に出会う。遠くから見るとアンテナだが、近づいて見上げたら鉄線でなにか文字が書いてある(ドイツ語だから読めない)。寝そべって空を背景に文字を見てるうち、これは視線を垂直方向に促すのが目的ではないかと思った。彫刻に限らず、絵画も映画も視線は水平方向だし、ふつう街を歩く時も水平方向しか見ない。本を読む時は斜めに見下ろすが、視線を真上に向けて見たり読んだりすることはほとんどない。最近は星も見ないし。肝心の文字の内容は、「草の上に寝そべって、空を見上げてごらん」ってな詩らしい。カバちゃんてロマンチックなのね……と思ったら、ポールの上に白く光る球を乗せた、イサ・ゲンツケン(ゲルハルト・リヒターの前妻)の作品「フルムーン」に出くわす。これも見上げる作品だ。
 この湖畔には、ドナルド・ジャッド、クレス・オルデンバーグの第1回展の出品作品も残っているが、どっちも水平線を強調していて対照的。コンクリート製でミニマルな形態が時代を感じさせるなあ。
 ずんずん中心部に進んでいく。地図には載ってるのに見つからなかったり、実際になかったりすることもあって、ま、それもこの彫刻プロジェクトのお楽しみだ。
 中心のドムプラーツで、アサヒビール企業文化部の加藤種男(タネオでは変換できず、タネ・オトコで変換)氏が空を見上げている。ロマンチックしてるのかと思ったら、ヘリコプターで作品が運ばれてくるのを待ってるそうだ。だれかにカツがれたんじゃねーかといってるうち、お、ホントにヘリコプターが彫刻ぶら下げて飛んできた。広場の上を旋回し、州立美術館の屋上に彫刻を置いて飛び去っていった。ハデなパフォーマンスだ。
 美術館の横ではオープニング・パーティーが始まっていた。愛する妻に見つからないように、ビールがぶ飲み。南條さん、児島さん、菅原君、愛する妻なんかとダニエル・ビュレンヌの旗の下のレストランで食事。

6月22日(日)

晴のち雨のち晴のち雨……。朝10時に州立美術館に行って自転車を借り、愛する妻を荷台に乗せて出発。愛する妻は自転車に乗れないのだ。しかし重いぞ……。
 ハンス・ハーケがいい。もうあっちこっちに書いたけど、メリーゴーラウンドを木の板で囲み、上に鉄条網を巻いて入れないようにした作品。ドイツ国歌が流れ、無人の回転木馬が空しく回るのを板のわずかな隙間からのぞき見るだけ。隣に作品と同じサイズの戦勝記念碑が建っていて、この作品が戦争の悲劇を暗示していることに気づくのだが、それがなくてもいい。
 レベッカ・ホーンは、かつて牢獄として使われていたレンガづくりの遺跡の中にインスタレーション。これは10年前の再制作だが、前回は見逃したのでちょうどよかった。薄暗ーいレンガの壁を時折ハンマーの打つ音が響く。おどろおどろしい舞台にぴったりの不気味な作品。場所を選んだ時点で勝負あったって感じですな。
 フランツ・ヴェストもいい。細長い池の両端に2点の彫刻を設置。ひとつは不格好なピンクのハリボテ彫刻、もうひとつは男子用便器を思わせる金属板を使った作品で、こちらからオシッコする格好で正面を見ると、ピンクの彫刻が見える。ピンクのほうはボリューム感はあるけど無愛想でとりつくシマがなく、便器みたいなのは板を並べただけなんだけどみんな近寄ってくる。色といい形といい、また2点の対照ぶりといい、サイコーだね。 その他、笑えるものをいくつか。トニー・アウスラーの街灯の作品。低いつぶやき声に合わせて街灯の光が点滅する。フィッシュリ&ヴァイスの庭園。花や野菜の混在する「なんでもない庭園、万歳!」みたいな。ダグラス・ゴードンは、真っ暗な地下空間で映画を上映。真ん中にスクリーンを置き、両側からカラーとモノクロの映画を映す。カラーのほうは「エクソシスト」、モノクロも怪奇映画で、両者が重なり合って、愛する妻、怖がる。ファン・ヨンピンは、デュシャンの「びん乾燥器」と千手観音の組み合わせ。相変わらず諧謔に満ちている。
 ミュンスターという街は、大聖堂と美術館のある広場ドムプラーツを中心に、教会、宮殿、大学、駅、公園、湖などが半径1キロ以内に集中していて、野外彫刻の舞台としてはもちろんのこと、文化的にも環境的にも恵まれた暮らしやすそうな街だ。が、これらの彫刻を見てガイドを読んでいくうち、この街に隠された負の歴史も次第に浮き彫りにされていく。中世の面影を残す街並みが、実は第2次大戦後のレプリカであるように、表面的には平和で穏やかそうなこの街も、一皮むけば悲惨な顔が見えてくるのだ。これらの彫刻は市民のため地域振興のためとかいいつつ、けっこう街の見せたくない部分まで暴き出しちゃったりしている。
 自転車を返し、いったんホテルに戻って、10人くらいで地ビールを飲ませるレストランへ。食い終わる頃ようやく暗くなるので、屋外の映像作品を見に行く。ショーウインドーから映写機や鏡を使って向かいの壁に投影する、エウラリア・ヴァルドセラの幻想的なショー。昔の幻燈っぽくて好評。

6月23日(月)

今日は雨。いちおう愛する妻と州立美術館内の作品を見て、いちばん遠くにあるリチャード・セラの作品までタクシーをとばす。ルッシェハウスと呼ばれる邸宅の正面に、無垢の鉄のかたまりを置いたもの。このルッシェハウス、前回セラが設置し、今回ゲオルグ・バゼリッツが彫刻を展示している宮殿エルブドロステンホフと同じ、ヨハン・コンラッド・シュラウンの設計だそうだ。だからなんなんだといわれても困るが。
 再びタクシーで戻って、見てない作品をツブシて歩く。ひととおり見終えてから、愛する妻と永遠にではなく一時的に別れて、妻はショッピング、夫は晴れて自由の身じゃなかったマリー・アンジェ・ギルミノの作品に向かう。ご存じ、人間足もみ機。円筒形の小屋に穴が開いてて、そこに足を突っ込むと中にいる人がマッサージしてくれる。歩き疲れるこの彫刻プロジェクトには願ってもない作品だ。いやほんと、キモチイイ。この場合、相手の顔が見えないのがミソ。顔が見えちゃうと、こっちは「なんかワルイなー」と遠慮しちゃうし、向こうも「なんでこんなサルの臭い足もまにゃならねーんだ」ってことになる。それに、目の届かない部分で身体の一部が快感を感じるってのも、妙にエロチックだ。これはきっと日本のフーゾク産業にヒントを得たに違いない。ぼくは行ったことないけど……って、このセリフ、前にも書いたことあるぞ。
 それにしても、今回は映像やパフォーマンスが多い。ヴェネツィアやドクメンタならまだしも、「彫刻プロジェクト」と銘打ってるにもかかわらずだ。ちなみに、77年の第1回展の出品作家はジャッド、オルデンバーグ、セラのほか、カール・アンドレ、ヨゼフ・ボイス、リチャード・ロングら9人で、作品は石、鉄、コンクリートなどを使った硬い物体ばかり。それが第2回展になると63作家に増え、公共性を意識した実用性のある作品(椅子とか)や、テンポラリーなインスタレーションが多くなる。それでも映像はトーマス・シュトゥルートだけだった。
 ところが今回は73作家中、映像とパフォーマンスだけで全体の2割を占めてる。“硬い彫刻”なんて、いまや古典派、少数派でんがな。いやー時代の移り変わりがようわかりまんな。ホンマ、年は取りたくないもんでんな。って話ではなく、映像やパフォーマンスは時間が制限されたり気象条件に左右されるので、こうした展覧会には不利なのでは、といいたかったのだ。
 昨日入った店の隣のレストランで、ミュンスター最後の晩餐。店名は「PINKUS」、同じ名前の地ビールの製造元でもある。うん、ここは安くてウマイ。今度来たらまた入ろう……といっても、多分10年後だけどね。

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