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「地域ネットワーク展」を考える
村田 真

1 90年以降、増える「地域ネットワーク展」

ある地域内にアートを点在させ、観客は地図を片手に作品を探し歩く――またミュンスター彫刻プロジェクトの話か、と思ったらそうではない。近年日本でも、こうした「地域ネットワーク展」ともいうべき展覧会が増えている、という話。
 こうした展覧会は、日本では80年代末頃から現れ始める。その背景には、バブル景気や「ふるさと創生」「地方の時代」を謳った地域政策もあるが、見逃してはならないのが、やはり海外の動向だ。ミュンスターの彫刻プロジェクトは77年から始まるが、規模が拡大し、国際的な反響を呼んだのは87年の第2回展だった。その前年にはベルギーのゲント市で、ヤン・フートの企画により、数10軒の民家に美術作品を設置する「シャンブル・ダミ展」が開かれた。これらの情報がすぐに日本にもたらされ、各地の「地域ネットワーク展」の起爆剤になっただろうことは想像に難くない。
 90年以降に開かれた主な展覧会を挙げてみよう(大急ぎで調べたのでこれだけしか見つからなかったが、まだまだたくさんあるはずだ)。

アート‐リンク1
中村政人
「学芸員(窪田研二)の部屋」
上野の森美術館
90 ミュージアム・シティ天神
  (福岡市天神地区一帯、以後隔年開催)
91 ヤン・フートin鶴来(石川県鶴来町)
93 新世代への視点
  ( 銀座・京橋地区の10画廊、95年まで毎年、
   以後隔年開催)
94 IZUMIWAKUプロジェクト
  (杉並区立和泉中学校とその周辺、96年にも開催)
   マニフェスト
  (青山地区一帯、翌年「モルフェ」に発展)
95 エスパス21アニュアル(松山市小坂町、以後毎年開催)
  水の波紋(神宮前地区一帯)
  モルフェ(青山地区一帯、以後毎年開催)
96 モダンde平野(大阪市平野区、以後毎年開催)
97 銀座ギャラリー・ネット(銀座地区の10画廊)
  アート‐リンク 上野‐谷中(上野・谷中地区)

ひとくちに「地域ネットワーク展」といっても、「新世代への視点」のように、同規模・同傾向の画廊だけのネットワークもあれば、「IZUMIWAKU」のように、公立の学校を中心に周辺地域までネットワークを広げたものもある。だが共通するのは、どれも地域内の複数の組織が参加することで、集客や啓蒙の相乗効果を上げ、地域の文化的活性化に貢献していることだ。
 この中で最新の企画「アート‐リンク 上野‐谷中」について、もう少し詳しく追ってみたい。
アート‐リンク1-2
中村政人 作品展示風景
上野の森美術館
アート‐リンク2-2
中村政人インタヴュー集
「美術と教育 1997」
上野の森美術館
2 多彩なアートプロジェクトをリンクした
 「アート‐リンク 上野‐谷中」

美術館や博物館の集まる上野は、いうまでもなく明治以来、日本の美術の発信地だった。今でも美術展を見に来る客は多いのだが、しかし国立博物館で扱う範囲は19世紀までだし、西洋美術館は文字通り西洋の近代までに限られている。都美術館は現代美術を木場に移してから、公募団体展に貸すほかは、印象派までの大型展しかやらなくなった。つまり、上野はすでに、文化の発信地としての活力を失っているといってもいい。
 一方、それに隣接する谷中では、この10年の間にアートフォーラム谷中をはじめ、ザ・バスハウス、CASAなど実験的なギャラリーが次々と誕生。これらは集客力はないものの、新しい美術を発信していく活力に満ちている。この両地区の美術館やギャラリーをリンクすることによって、上野の集客力と谷中の新しいエネルギーを交通させ、ともに活性化していこうというのが、このプロジェクトの主眼のようだ。
 とはいえ、このプロジェクトには国立博物館西洋美術館もリンクしていない。ここに大型美術館が加われば、そこに来た客が谷中にも流れ、メリットは少なくないはずだが、しかし、大型美術館が入ることで磁場が歪んでしまうデメリットのほうが大きいのかもしれない。第一、国立の組織が一地域のネットワークに参加するとは思えないし、また、したくてもできないというのが現状だろう。
 プレスリリースによれば、このプロジェクトは「様々な価値観、方向性を持った複数のアートプロジェクトが連接(リンク)し、地域とアートの創造的な関係の構築、および来たる21世紀に向けたアートの理想的な在り方を探るため」スタートしたとある。
 「様々な価値観、方向性を持った複数のアートプロジェクト」というのは、上野の森美術館をはじめ、東京芸術大学、ザ・バスハウスやアートフォーラム谷中などのギャラリー、上野の杜フォーラムや柿の木プロジェクト実行委員会などの任意団体、といったような多様な参加者を指し、また赤塚不二夫の漫画展から、伝統工芸展、現代美術展、講演会、映画上映会まで多彩な内容を指している。このプロジェクトを推進した上野の森美術館の学芸員、窪田研二氏はいう。
 「美術館、芸大、ギャラリーと、それぞれの立場は違うんですが、そんな中で、ぼくらは美術館から一歩出て美術館をなんとか変えていきたいと思っているし、芸大でも若いスタッフは芸大を変えたいと願ってる。市民団体の人は谷中をああしたい、こうしたいと。そういう気持ちがひとつに集まることによって、いろいろな可能性が見えてくるんです。でも、やってることは美術という点では共通しているけど、それぞれ方向性は違う。それが同じテーブルに付くことで、お互いの活動を吟味する。それで自分のやってる活動の視野を広げることができるんです」
筆者は3回ほど「アート‐リンク」を訪れたが、上野はともかく、普段は静かな谷中もけっこうなにぎわいであった。きっと、大盛況の上野の森美術館の「赤塚不二夫展」から流れてきた客もずいぶんいるに違いない。動員数だけでいえば大成功といっていいのではないか。
 しかし、こうした地域ネットワークを考えるプロジェクトの評価は、いうまでもなく動員数だけで下せるものではない。ましてや部外者が成功だ、失敗だと決めつけるわけにはいかないだろう。その効果は毎年続けても数年後、あるいは数10年後にようやく現れるのではないか。

アート‐リンク3
赤瀬川原平×白澤実(ペット探偵)対談
1997.10.26 THE BATHHOUSE
アート‐リンク4
赤瀬川原平「猫日和」設置風景
1997.10.8 THE BATHHOUSE

撮影:渡辺 肇
ART-LINK 上野‐谷中 '97
会場:上野の杜フォーラム、上野の森美術館、CASA、SCAI THE BATHHOUSE、谷中中学校他
会期:1997年10月10日(日)〜11月3日(月)
問い合わせ: Tel.03-3833-4195
《眠れる森の美術》展
会場:上野の森美術館別館、CASA、SCAI THE BATHHOUSE他
会期:1997年10月10日(日)〜11月3日(月)
問い合わせ: Tel.03-3833-4195

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