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××××・×××としての『ラブ&ポップ』
五十嵐太郎

街のなかを全速力で駆け抜けるでもなく、ゆっくりと街の細部を観察しながら歩くでもなく、ただ、4人の女子高生が早足でさっそうと歩いていく。いや、泳いでいるというべきか。だが、彼女らが泳いでいるのは、単に記号と消費の海ではない。泥をはねのけ、足もとまで下水につかって、渋谷のドブ川を進んでいく。その汚れたルーズソックスこそが、徹底して対象の表層を描くというこの映画の法則を少し破ってまで、現出せしめたリアリティの断片なのではないか。しかも、この感動的なラストシーンに流れる音楽は、シブヤ系でもコムロのそれでもない。主人公の女の子が歌う、調子外れの名曲「あの素晴らしい愛をもう一度」なのだ。そのぎこちなさは不思議と心地よいし、その異化作用はわれわれの気づかなかった都市のリアリティを生みだしている。

あのエヴァンゲリオンの監督、庵野秀明が実写に挑戦し、村上龍の『ラブ&ポップ』を映画化した。この単純な事実だけで本来ならば大いに期待すべきところなのだが、実写であることや短い製作期間に加え、クリエイターに残された最大の特権として、自己の作品を破壊するという力業をエヴァンゲリオンの劇場版でやり尽くしていた後だけに、過剰な期待は控えていた。しかし、見事に予想を裏切り、再び庵野は作品のジャンルにも批評性をもつ意欲的な映像の空間を切り開いている。本作の特集を組んだ『アニメージュ』2月号の、アニメ雑誌初の実写表紙にもその余波は認められるだろう(同号では別の記事で、荒川修作の養老天命反転地公園を紹介するという掟破りもある)。ともあれ、本作を見終わった後、われわれは改めて映画とは何だったのかを考えざるをえない。
 なるほど、明らかに本作は内容のレヴェルで、前作との連続性を想起させる仕掛けや雰囲気を持っている(この点については脚本家の配慮が大きいようだ)。例えば、『ラブ&ポップ』の舞台がエヴァンゲリオンの公開初日の1997年7月19日に設定されていること、水中浮遊のシーン、声優の起用、自己の存在を問いかける執拗なモノローグなど。いくらでも深読みが可能であり、充分にマニア心をくすぐる。また技法のレヴェルでも、字幕や「よい子のためのクラシック」の効果的な使用、そしてめまぐるしいカットには、庵野ならではの生理的な感覚がにじみでている。だから、基本的には原作に忠実でありながら、『ラブ&ポップ』のエヴァンゲリオン的な解釈になっているといえるだろう。しかし、これを強調することはさほど建設的ではない。
 むしろ、すべての映像がデジタルビデオカメラで撮影されたことが問題なのだ。もちろん、それはオールロケの低予算で撮るという前提が少なからず関係していたかもしれない。とはいえ、照明班も不要となる機動性を最大に生かして、常時数台のカメラを回したり、役者の頭や足、あるいはおもちゃの電車にカメラをつけての映像は、都市のなかを泳いでいるようでもあり、見ている者に奇妙な没入感を生む。人によっては船酔いにも似た気持ち悪さを覚えるだろう。もともと本作はドキュメンタリーを考えていたらしいが、ライブ感も自ずと出てくる。そして劇場で引き伸ばされるデジカムの映像は画質がかなり落ちるのだが、それゆえに普通の映画にはない質感をかもしだす。すなわち画質の悪さが、つねに対象の手前にあるカメラの存在を意識させるのだ。確かに皮膜(ATフィールド?)の向こうに対象を写すことは本作の特徴のひとつであり、いろいろなモノ(レンジ、扇風機、テレビ、指輪)の視線を通した映像も多い。

本作に参加した映画経験者は、インタビューで口をそろえ言う。とても映画の撮影現場には見えなかった、と。しかし、この手法は映画では珍しいものかもしれないが、すでにある分野の映像では最もよく使われている。アダルト・ビデオだ。少ない予算と少人数の編成で、ライブ感のある絵を撮ること。時には監督自身がカメラをもち、没入感のある絵を撮ること。俳優に演技を要求しないこと。フェティシュな局部(例えば、『ラブ&ポップ』では脚)への視線。キャプテンEOのモザイク処理や音声消去の「ピー」。両者の類似点は少なくない。事実、関係者からも、ある特定のアダルト・ビデオがインスピレーションをあたえていたことが語られている。そして何よりも本作とAVの交差を例証するのは、同時に撮影された本作のドキュメントにおいて、カンパニー松尾とバクシーシ山下というその筋では有名なAVの監督を起用していることであろう。これを猥褻な視線と呼ぶならば、庵野はそれぞれの女子高生に対してではなく、都市のAVを撮影していたのではないか。例えば、写真家のアラーキーとヒロミックスの感性が融合したような。
 最後に、4人の女優もその魅力が最大限にひきだされていたことを付記しておこう。しかし、それは彼女らを傲慢にも理解しようと試みたり、内面描写を通じてなされたのではない。庵野にとっての他者である4人の女性をひたすら記号的に扱い、表層だけを精緻に観察することで成し遂げられたのである。

ラブ&ポップ
『ラブ&ポップ』カタログ




nmp Art Watch 1997年4月29日号
いかにエヴァンゲリオン・スタイルは
生成したか
『新世紀エヴァンゲリオン劇場版/
シト新生』
●五十嵐太郎
『ラブ&ポップ』
会場/問い合わせ
丸の内シャンゼリゼ 1998年1月10日 〜2月6日 Tel. 03-3535-4740
渋谷SPACE PART3 1998年1月9日〜2月5日 Tel. 03-3477-5905

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